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2007.12。公開開始。 このブログは み羽き しろ の執筆活動の場となっております。 なお、ブログ中の掲載物につきましては「無断転載・無断使用を禁止」させていただきます。
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痩せた白い指先に、そっと指を絡めていた。
気付いたら、そうしていた。
何かの意味があった訳でも、そこに狡猾な思惑が蠢いていた訳でもない。
ただ。
眠ったまま泣き続ける少年を、離れて見つめ続ける事が出来なかっただけだ。
美貌だけに、栄養失調と一目で解る痩せこけた躰に、あのあづみですら気付かなかったのだろう。
人は、この少年の面(かお)に視線を奪われ、それ意外に目が行かない。
まして冬だ。
貧しいなりに暖かな服装をしていたのだから、そのスリム過ぎる体型になど気付く者は少ないだろう。
椿だとて、その背に触れて初めて気付いたのだ。

なんだ…この骨…。

異常に盛り上がった鷹久の背骨は、実際は肉付きの悪さが浮き彫りにしていただけで、病院に運び込んだ時は骨と皮の状態だったのだ。
二人の弟たちも栄養失調は辛うじて免れたものの、体重は平均を大きく下回り、その生活の悲惨さを物語っていた。
あづみの元で働き始め、その生活は格段に良くなって来てはいたものの、それまでの生活が三兄弟からまともな食欲を奪っていたらしい。入院して暫くはあまりの少食ぶりに栄養士が頭を抱えていた。
そんな中、末っ子の病気が発覚したのだ。
治療不可能な難病だった。

「DNAの配列異常?」
「はい。かなり珍しい症例です。それにしても、頑張りましたね。お兄さんたちは。普通の生活など出来ない身体ですよ。本当に、どれほど注意深く育てたのか。医師として頭が下がります。」

入院して二週間。
秋典の小さな身体を蝕んでいた病気が判明した。椿の「何より最優先させろ。」の鶴の一声で一カ月以上掛かる検査が二週間で終わったのだ。
だが、その病気は椿が想像していたより遥かに厄介なモノだった。
医院長室に連なる応接間で、椿は淡々と医師たちの説明を聴いていた。

「急激に老化が進むプロジェリア症候群という病気がありますが、秋典くんの場合はそれの逆。つまり、身体の時間の流れが異常にゆるやかなんです。この症例は数が少なく、日本では初めての確認でしょう。」
「それで。」
「はっきり言って、治療法はありません。異常に成長が遅い。それ以外の症状にも様々ありますが、DNAの配列異常が原因かどうか解っておりません。正直、異常な記憶力などは、この場合三兄弟そろってですから、まったく別な原因を疑わなくてはなりませんし。」
「今後は。」
「定期的な検査を受けて頂きます。秋典くんの場合は胃腸の働きが弱く、物を飲み込む力も不足しています。下痢や便秘を繰り返すのはその所為でしょう。こちらは薬で対処出来ます。更に骨の密度が足りていません。こちらはカルシウムの投与を。貧血については出血などの原因が見当たりませんので、食事療法を取る事になります。成長ホルモンの投与は時期を見て判断しますが、今は現状維持を心掛けた治療が望ましいでしょう。」
「精神的な成長の遅れは。」
「正直言って、治療は間に合いません。事件に巻き込まれての症状のようですが、その当時にカウンセリングなり投薬治療なりを受けていたなら兎も角、十年近く経っていては、治療にはその二倍か、それ以上の時間が必要になります。それに、精神的、肉体的治療を同時進行するのはまず無理です。ストレスでどちらかの治療が失敗に終わる危険性があります。それは避けた方がいい。いえ、こちらとしては避けたい。」
「ふむ。長期入院が必要か。」
「いえ。その必要性はないでしょう。逆に、病院にいる事で生じるストレスは治療の妨げにしかなりません。出来るなら生活環境の整った自宅で療養するのが一番でしょう。住まいは?」
「俺と同居する予定だ。」
「ならば話は早い。脳と身体。そして精神。いずれも安定していないと治療に差し障りが出ます。多少お金が掛かっても、まずは環境を整えてあげてください。今後の治療にあたっては、脳神経科、精神科、内科、消化器系・循環器系内科がチームを組んで全力で対応します。」

未だ病名さえついていないDNAの配列異常による成長の遅れは意外なほど重症だった。
それまで何も知らず暮らしていた二人の兄は言葉を失い、ただ茫然と椿の隣で医師たちの会話を聞いていた。
何も口は挟めない。そんな余裕などなかった。
ただ、医師が「よく頑張りましたね。」と言う度に、二人の兄の、いや、鷹久の神経は擦り減ってゆく。

もっと早く、ちゃんと施設にでも預けていたら。
もっと早く、自分が弟たちを手放していたら。

そんな思いばかりが鷹久を苦しめる。
母が死んだのは鷹久が16歳の時だ。頼れる親戚などもいなかった事から、母親が死んだ病院が児童相談所に通報し、それから毎日のようにやって来る民生委員などに施設へ入るよう説得されたのだ。何度も。
だが、三人一緒には暮らせないと知って、鷹久は施設行きをガンとして受け入れなかった。

これからの治療には、お兄さんたちの協力が不可欠です。
我々と一緒に頑張りましょう。

医師の声が遠くに聴こえる。
肩を抱き締めてくれる久秋の手の温もりが、遠い。
「兄貴…?」

もしも自分があの時…。
そう思ったら、鷹久の視界が真っ黒く塗り潰された。
擦り減った神経が限界を超えたのだろう。

ソファからズリ落ちた鷹久の躰を、椿がしっかりと支えた。
「兄貴っ!?」
慌てて鷹久に縋りつく久秋を傍にいた医師が支えると、ドアの傍に控えていた遠野がツカツカと寄って来て、医師の腕から奪うように細い身体を抱き寄せた。
「貧血だ。久秋、お前は秋典の傍にいろ。鷹久は別室で休ませる。」
椿は軽々と鷹久を抱き上げると、遠野に向かって連れて行けと目配せをした。

腕の中で、鷹久が泣き続ける。
その涙は、とても綺麗で、痛ましくて。
椿は痩せた躰を抱き締める腕にそっと力を入れた。

「もっと早く、出逢ってやりたかった…。」
溜息と共に零れ落ちた呟きは、誰の耳にも届く事はなかった。
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