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2007.12。公開開始。 このブログは み羽き しろ の執筆活動の場となっております。 なお、ブログ中の掲載物につきましては「無断転載・無断使用を禁止」させていただきます。
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本日、15時50分前後にメールをくださったお客様。
本当にありがとうございました。
粉雪の感想でしたが、少しでも気に入ってくれて嬉しいです。

それで、ご質問の件なのですが、実は私も眼が悪くて。
私の場合は黒に白が少し見辛いのです。ごめんなさい。
時間は掛かると思いますが、今の青より少し白っぽく変えてみますね。
少しお時間ください。

それでは、ありがとうございました。
shiro。
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悪夢に魘された夜明け。
優しい声に意識を揺さぶられ目覚めた。
何の夢を見ていたのだろう。
知っているのはスティーブだけ。
「張り詰めていた糸が、切れたかな・・・。」
囁く声に、苦渋が滲む。
「姫ちゃん。」
囁くように呼んで、スティーブは優しく私の首に舌を這わせる。

ああ、そうか。
見ていた夢は最後の夜。
めちゃくちゃにされた、あの時の夢か。
「大丈夫だよ。大丈夫。」
何度も何度も熱い舌が肌を滑る。
大丈夫。大丈夫。
繰り返される囁きは、まるで懺悔のよう。
どうして?
スティーブは何もしていない。
けれど、それこそが自分の罪だとスティーブは笑った。
哀しく、寂しそうに。


思いきり首を締め上げられた。
折れてしまえと言わんばかりに。

連れて逝く。
独りになどしない。
ずっと一緒に。
地獄まで。
璃羽。
璃羽。
璃羽。

壊れた機械のよう。
繰り返し私の名を呼び続けるウィン。
何処に、あんな力が残っていたのか。
ずっと意識不明だったのに。
深夜一時。
突然意識が戻った。
近代的な病院の特別室。
豪奢な部屋のベッドの上で。

全部脱いで。
最期に見せて。
触れたい。
璃羽。
璃羽。
璃羽。

子供のような顔で。
私をベッドに誘った。
骨と皮になった身体。
痩せて。
満身創痍。
腕から、脚から、チュウブを抜き取る。
命の糧。
最後の我儘。
私をめちゃめちゃに抱いた。
哀しいくらい細い指。
爪が私の肌を裂いて。
血が流れて。

好きだ。
愛してる。
誰にも渡さない。
置いて逝かない。
璃羽。
璃羽。
璃羽。

「一緒に、逝こう・・・。」

私の首を締め上げる。
人形のような私の躰。
痩せて、ボロボロ。
噛み付かれた乳房。
流れる血。
それでよかった。
苦しくて、痛くて、怖くて。
でも、もう終わる。
長い黒髪がベッドから溢れて。
白い床の上で揺れる。
遠くなる意識。
連れて逝ってくれるの?
嬉しい。
優しい微笑み。
深い深い灰色の瞳。
これで、終わる。
そう思ったのに。

誰かの、叫び。

『姫っ!?』

ディアンさんだ・・・。
どうして。
目の前に飛び込む金の髪。
もの凄い力で私の首を締め上げるウィン。
軍隊経験のあるスティーブが、必死に私からウィンを引き離す。

姫っ!
姫っ!

私の躰に絡みつくプラチナブロンド。
どうして止めるの?
なぜ放っておいてくれないの?

意識の遠くでウィンが叫ぶ。

連れて逝く。
誰にも渡さない。
地獄まで一緒。
置いて逝ったら。
誰かのモノになる。
やだ。
やだ。
いやだっ。
私のものだっ。
私だけのものだっ。

狂った叫び。
妄執と執着。
凄まじい執念。
死に逝く者の、最期の足掻き。

駆け付けた医師と看護師達。
顔面蒼白。
修羅場と化した部屋。
血の、匂い。

ディっ。
早く璃羽を連れて行けっ。
早くっ。
早くっ。

ディは、幼い頃の、ディアンさんの愛称。
スティーブが泣いてる。

やめて。
やめて。
ウィンっ。
姫ちゃんを、連れて逝かないでっ。

血の気が失せて。
魂が壊れて。
人形のような私の躰。
抱き締める腕。
私を見つめる碧の瞳。
どうして貴方が泣くのだろう・・・。
私は、嬉しいのに。
こんなに、嬉しいのに。

首に残る傷痕。
所有者の、証し。

それから三日三晩。
一睡もしないウィン。
薬が効かない。
何をしても無駄。
別室に隔離された私。
傍にいたのはスティーブ。
ウィンとディアンさん。
隣の病室で二人きり。
何が話されたのか。
今も解らない。


四日目の朝。
ベッドの端に私。
横たわるウィン。
優しく微笑んだ。

けれど。

『死んでも離さないよ    璃羽。』

最期の呪縛。
暗示のように。
私の中へ。
躰が竦んだ。
死への誘惑。
深い深い海の底に沈む光。

だめだっ!!

悲鳴のような叫び。
誰かが私を、抱き締めた。
強引にベッド脇から引き離し。
腕の中に閉じ込める。
大きな手のひらで、耳を塞いで。
厚い胸板で、私の視界を奪って。

何も見ないで。
何も聞かないで。
忘れて。
何もかも。
これは夢。
ただの、悪夢。

疲弊し、砕けた心。
壊された躰。
私の心臓。
あの日。
凍りついたまま。


「スティーブ・・・。」
あの日。
流す事の出来なかった涙が・・・止まらない。

「姫ちゃん・・・。」
泣かないで。
お願いだから。
泣かないで。

「スティーブ・・・。」

今も、まだ。
私の心臓は。
凍りついたままだ。

 

    声音 Ⅶ    

 

ブルーのベネチアングラスに真白な鷺草。
透明なバカラの深い大皿に静(大百合)と蒼薔薇。
可愛らしい紅の江戸切子に撫子と霞草。
大きなダイニングテーブルの上は花で溢れ。
キラキラと輝くガラスに彩られる。
ガラスの器は、姫が好きだった。
割ったら大変だと言って、自分では触らなかったが。
いつもいつも眺めていた。

「花瓶は使わないのか。」
「使うわ。そのバカラ、背が高いから玄関に置くの。カラーの良いのが入ってるし。」
「黒のカラー? 暗いな。」
「カサブランカに合わせるのよ。後、グリーン系を少し。ガラスのお猪口もある?」
「文子に掛ると食器も花器も関係ないな。」
「センスの問題よ。食器を食べ物だけに使ってどうするのよ。」
「そんなものか。」
「そうよ。それにね。高価だからって手の届かない所に飾っておくほど無駄な事はないわ。
だったら食器を描いた絵画でも買えばいいのよ。」
「確かに。その花は、なぜニ輪なんだ。一輪ざしだろう。」
「鷺草は一対で飾るものよ。鷺は一生涯パートナーを変えない鳥なんですって。
番いの片割れが死んだら餌も食べずに後を追うらしいわ。」
「・・・。」
「ずっと、死んだパートナーから離れないんですって。健気ね。」

私に背を向けたまま花を活ける文子。
聞きたい事は他にあるのに、なぜか出てくる言葉はくだらない事ばかり。

「撫子は璃羽ちゃんの部屋に飾るの。霞草と一緒にブーケ風に活けて。このバラはスティーブの部屋。」
「白が多いな。」
「ええ。今回のテーマは白。ちなみに、貴方の部屋には胡蝶蘭よ。」
「本当に白ばかりだな。」
「ええ。暫くは白を中心に考えるわ。」
「なぜ?」
「それを私に聞くの?」

白は、姫の好きな色だ。
自分の知る、唯一綺麗な色だと言っていた。
大好きな雪の色だと。

窓辺のソファに座り、外を眺める。
そろそろ雪が降りそうだ。
ぼんやりしている間に、花々は文子の手によって美しく飾られてゆく。
文子の活ける花はシンプルだ。ゴチャゴチャした活け方は決してしない。
まるで彼女の性格そのままだ。
今回は白と緑と他一色。三色のみで構成している。

「あの子は、染まらないから。染まれないと言った方が正しいのかしら。」
「・・・。」
「何処にいても、空気みたい。」
「空気・・・か。」
「みんなに必要とされているのに、自分は何も必要としないの。」
「・・・。」
「必要とされるままに与えて。汚されるままに消えてゆく。文句も言わずに。ただ、消えてしまうの。」
「霞草は雪。撫子は桜。」
「ええ。季節外れの桜は、ただ、雪に凍えて散ってゆくわ・・・。耐えて、耐えて耐えて、散ってしまうのよ。」

文子は、あの一年間を知っているんだったな。
ぼろぼろになって壊れていく姫を、毎週見てたんだ。
確か、姫より十歳年上だから。
妹のように思っていたんだろう。
言葉の端々に、私を責める刃を潜ませている。

「元気そうだったと言ったな・・・。」
「やっと聞く気になった?」
「何処に?」
「場所は言わない約束だから。でも、農村で働いてたそうよ。」
「農村・・・。冗談だろう。」
「畑と家畜の世話。小規模農家で、とっても良い家族に囲まれてたみたい。」
「そう・・・か。」
「ええ。十日くらい前に、突然、彰から連絡があって。」

着替えを用意して欲しい。
事情があって、場所は言えないから俺が取りに行く。
璃羽ちゃんのなんだ。
下着とか、全部。
ん? スティーブが一緒だ。
大丈夫。
元気だ。
少し太ったかな・・・。
まぁ、最後に会った時が最悪な状態だったから。
昔のサイズだと思う。
ああ、頼む。

「その時は会えなかったんだけど。三日前。今度はスティーブから直接電話があって。」

ヘリを迎えにやるから来て欲しい。
確か、店は休みだろう?
姫ちゃんを銀ブラに連れてって欲しいんだ。
靴とか、コートとか、色々買い揃えて。
行き付けの店には連絡しておくから。
息抜きだよ。
オレは行かない。
大丈夫。
荷物持ちに彰連れてって。
ああ、よろしく。

「久々に会ったけど、相変わらず迷子の子犬みたいな顔してたわ。」
「・・・。」
「でも、笑ってくれたの。」

私を見て。
ちゃんと笑ってくれたのよ。

「安心した?」
「・・・ああ。」

今は、それで充分だ・・・。

 

天井から雨が降っている。
シャワーというよりは、雨。
ホテルのバスルームに響く雨音。

「黒髪の人魚だね。」

スティーブの声が、耳の後ろで囁いた。


「スティーブ。濡れちゃうよ。」
「大丈夫。どうせすぐ脱ぐから。」

シャワーの下に立たせた私の後ろに立ち、スティーブは髪を洗ってる。
私の長い黒髪を。
品の良いVネックの黒いセーター。
多分、カシミア。
黒のジーンズは細身で。
黒革のブーツには装飾のベルトが並ぶ。
ブランドのロゴが小さく光る。
どれも手入れが大変そう。
それなのにシャワーの下で気にも留めない。

「目を閉じて。上を向いて。」
言われるまま、そうした。
基本的に、私はスティーブに逆らう事はしない。
逆らわなければならない事もないけれど。
泡だらけの大きな手で顔を包まれて。
包まれたかと思ったらシャワーが泡を洗い流してゆく。

天井からの雨が止み。
長い黒髪を束ねられ。
頭を柔らかなタオルで巻かれターバンの出来上がり。
「ありがと。」
「どういたしまして。ヘアサロンの予約入れなきゃね。」
この一年半、手入れなどしていなかった髪の痛み。
離れていた時間をそこに見つけて、スティーブは小さく溜め息を吐いた。

「虫に刺された?」
「うん。畑にいると、どうしても。」
「ちゃんと虫よけしなくちゃ。」
「してたけど・・・。」
スティーブ・・・?
妙に゛虫よけ゛の所に力を入れた気がしたけど。
なに?
聞く間もなく、私の躰は真っ白な泡に包まれた。
薔薇の香りがするボディソープ。
大きな手のひらが私の躰を這い回る。
「脚、開いて。」
「・・・。」
「大丈夫。何もしないよ。」
スティーブの言葉に、いつも嘘はない。
思えば、誰よりも私の躰を隅々まで知ってるのはスティーブだ。
初めてウィンに傷つけられた時も、スティーブがこの躰を洗ってくれた。

おずおずと脚を開く。
後ろから抱き締める腕に支えられて。
私の躰の隅々まで洗う手のひら。
その動きにビクビクと躰が跳ねる。

怖かったのは、躰に残る記憶。
刻みつけられた快楽という名の傷。
どれほど拒んでも、与えられ続けた。
私の心が壊れても、溢れるほどに。

「スティーブ・・・。」
震える声で呼ぶ。
顔が見えないのが怖い。
「大丈夫だよ。もう終わった。」
耳の裏側で囁く声。
シャワーヘッドから少し熱めのお湯が溢れ、私の躰からすべての記憶を洗い流す。
背中に押し当てられた唇。
その感触だけを残して。

抱き上げられて、バスタブに恭しく降ろされた。
少しぬるめの乳白色のお湯に薔薇の花々が浮かぶ。
脚を伸ばしても余裕の大きさ。
お湯は浅く張られ、私の胸の下辺りまでしかない。
その理由は解ってる。

セーターやジーンズやブーツが脱ぎ捨てられて、小麦色した肌が白い泡に包まれる。
大きな背中。長い手脚。充分筋肉が付き引き締まった身体に隙はない。
骨ばった長い指が金の髪を掻き上げる。
そういう事に疎い私でも、セクシーだと思う。
何を食べたら、こんな完璧なボディが作れるんだろ。
こうしてマジマジと男の人の身体を見たのはスティーブが初めて。
それ以外の男の人の身体は見た事がない。
ウィンとベッドで過ごす時は、そんな余裕なんてなかったし。
ディアンさんは、気まぐれに私の躰を抱き捨てるだけだった。
だからこうして一緒にお風呂に入るのはスティーブだけ。

シャワーを浴びたスティーブが、私の背中からバスタブに滑り込む。
水嵩がまして、私の躰はすっかりお湯に浸る。
薔薇がくるくる回って泳ぎ回る金魚みたい。
「ぬるい?」
「ううん。丁度良い。」
すっぽりとスティーブの腕の中に納まって、私は厚い胸板に背を預ける。
一つのバスタブの中、裸のまま二人で過ごす。

不思議な関係。
誰に話しても信じないだろう。
こうしていても、私達には男と女の関係はない。
逞しい腕が私の素肌を抱き締めていても。
耳朶を甘噛みし、大きな手のひらが肌をはい回っても。
確かに雄としての反応があっても。
それを私が感じていても。
スティーブは、決して私を求めて来ない。

「全身エステ。決定。」
「明日?」
「疲れてる?」
「うん。」
「じゃ、明日は寝ていていいよ。」

私の首筋を舐め上げながら、スティーブはスケジュール調整中。
そっと私の手首を掴み、持ち上げた。
「ネイルサロンにも行かなくちゃね。」
「一日に全部?」
「うーん。全身エステで一日。ヘアサロンとネイルサロンで一日。どうかな?」
「それなら・・・なんとか。」
昔の生活が戻って来たよう・・・。
違うのは、私の意志を無視されない事。
勿論。少なくてもスティーブは私の意志を無視した事などないけれど。
ウィンは、何もかも強引だったから。

躰が疼く。
忘れていた過去が蘇る。

「買い物にも行かなくちゃね。」
囁くような優しい声。
ずっと、この声に、この存在に救われて来た。
「眠ってもいいよ。」
「うん。」
そっと顎を持ち上げられて、後ろから貪るように接吻けられた。
でも、それだけ。

咲おばあちゃんはどうなっただろう・・・。
飯田さんの事だから、きっと上手くやってくれると思うけど。

意識がぼやける。
暖かさに抱かれて、眠くなって来た。



    再会 Ⅶ    



久し振りに確認した。
その白い肌。
触れて、すべてを取り戻したかった。
それにはバスタイムが有効。
ピロートークでもいいけど。
多分姫ちゃんは寝てしまうだろう。

農家で働いていた姫ちゃん。
この華奢な躰で肉体労働なんて無理だろうと思ってた。
でも、オレの予想に反して健康的になっている。
僅かに付いた筋肉。
手足に小さな傷があった。
本当に畑仕事をしていたんだと実感した。
虫にさされた痕を幾つか見つけて、ふと、病院にいたあの男を思い出す。
恋する眼差し。
朴訥な男。
見た目で解る。
あれは姫ちゃんに恋してる目。
でも、もう終わり。
姫ちゃんはオレと一緒に帰るんだ。

姫ちゃんの躰を隅々まで確かめる。
この一年半。
何があった処で関係ない。気にしない。
姫ちゃんの過去を問い正せるか? このオレに。
散々姫ちゃんを傷つけて、家出までさせたオレ達に。
ただ、心配だっただけだ。

本当はすぐにでも入院させて、検査を受けさせたかった。
それをしなかったのは、少なくとも以前より健康そうに見えたからだ。
オバアチャンの事でやつれてはいたが、オレ達と暮らしていた頃からすれば健康的な
印象が強かった。
一年半。独りで頑張って来た姫ちゃん。
それが、オバアチャンを助けたい一心でオレに連絡をして来た。
本当なら、一生オレ達とは関わりたくなかっただろうに。
その為に逃げたのだろうに。
きっと、姫ちゃんを大事にしてくれたのだろう。
あの家族は。
だから、しばらく様子を見る事にした。
オバアチャンの治療の目途が立つまでここに滞在して、それからディアンの待つ家に
帰る。
それでいいだろう。

久し振りに触れた姫ちゃんの肌は、随分と荒れていた。
髪も傷んでいたし、爪は短く切られていて、汚れていた。
畑仕事をしていたのだから仕方ないが、当分はサロン浸けだ。
覚悟してもらおう。

姫ちゃんの躰を洗って、バスタブに入れて。
さて、と迷った。
正直、オレといえど我慢には限界がある。
今まで姫ちゃんに手を出さなかったのはこちらに事情があったからだ。
ウィンに束縛され、ディアンに乱暴され。
その上オレまで妙な事をしたら、本当に姫ちゃんが壊れてしまう。
それくらいの理性はあった。

だが。
ウィンが逝き、ディアンが傍にいない今。
流石にキツイ。
出来れば、姫ちゃんに拒絶して欲しい。
なんて・・・考えが甘かった。
姫ちゃんは以前と変わらず、オレに対しては無防備だった。
試しに接吻けたりしてみたけど。
躰中触りまくってみたけど。
やっぱり抵抗する気なし。
無防備そのもの。
挙句、バスタブの中で、裸の男に抱き締められて、うとうと・・・。
これには参った。

でも、お陰でオレも腹を括った。
これほど素直に身を預けられると、返って手出しが出来ないものなのだ。
だってなぁ・・・。

眠ってしまった姫ちゃんをベッドルームに運んだ。
大きなバスタオルで躰を拭いてやって。
そのまま寝かせた。
オレはバスルームに逆戻り。
このままじゃ眠れない・・・。
なんでオレが自分で? とは思ったが。

すやすや眠る姫ちゃんの、安心しきった顔には負ける。
絶対、これ以上傷つける訳にはいかない。

内線でフロントを呼び出し、サロンの予約。
時期的に客は少ないらしい。
すべて貸切。
他に、何か忘れてる事はないか?
ない。

しばらくソファでワインを傾けていたが、姫ちゃんと再会出来て安心したのか、急に
眠気が襲って来た。
勿論、裸になって姫ちゃんの隣に滑り込む。
小柄な姫ちゃんは、オレの腕の中にすっぽり納まる。
抱き締めると懐かしい匂いがした。


窓の外は暗い海。
夏ならさぞ綺麗だったろう。

午前1時~6時までこのブログはメンテナンスだそう。
なので、書き込み出来ません。
また明日、頑張ります。

さよなら・・・。
言葉に出来ない思いを込めて、小さく小さく頭を下げた。
戸惑い、後を追って来る和己さん。
その前に、飯田さんが立ちはだかっている。

さよなら。
ありがとう。ほんとにほんとに。ありがとう。
初めて家族という物を知った。
誰も私には与えてくれなかった物。
優しい時間。

『人さまの顔色見ると、やめんね。』

咲おばあちゃん。
いつも人の顔色を見るのが私のクセ。
そんな事しなくて良いって。
ちょっと怒って。

ねぇ、おばあちゃん。
私、笑うのって、とっても難しいって思ってた。
でもね。
美味しいぬか漬け、食べるだけで笑顔になれた。
二人でぬか床混ぜて、きゅうりと、なすと、人参と。
楽しかった。
初めてだった。

ごめんね。
もう、傍にいられないけど。
ありがと。
和己さんも、典子さんも、お父さんも、お母さんも。
優しくて、暖かくて。
きっと、おばあちゃんの家族だからだね。

和己さんは良い人。
だから、きっと幸せになれる。
幸せは、いつも傍にあるものだよ。
だって。
和己さんの傍には、いつも美幸さんがいる。

エレベーターのドアが開いて。
スティーブが私を抱き上げたまま、少し前屈みになって。
乗り込んで。
私、最後の一瞬まで和己さんの顔を見てた。
ちゃんと笑えたかな。
ちゃんと、ありがとうって伝わったかな。
だって私。
笑うの下手だから。

エレベーターのドアが閉まる瞬間。
飯田さんが振り向いて、大丈夫ですよ、って。
笑ってくれた。


「姫ちゃん。」
囁くように呼ばれて、貪るように接吻けられて。
私の中で、時が、戻る。
奪うような接吻けをするのは、ウィンだけだと思ってた。
エレベーターのドアが再び開くまでの、ほんの数秒だったけど。
暖かい腕の中で、意識が飛んだ。

タクシーの中ではずっとスティーブの膝の上でうとうと。
次に目覚めたのはヘリの爆音で。
ずっとずっと膝の上。

もこもこのチンチラ。
あったかいや・・・。

ホテルの屋上にあるヘリポートに着くと、支配人が待ち構えていた。
高級リゾート地にある某最高級ホテルは世界に幾つもあり、その顧客データを共有
している。
そして、このホテルにとって特別客であるスティーブは顔パスだ。
直接部屋へと案内され、そのまま支配人からカードキーを受け取った。

病院を出てホテルの部屋まで。
私は一度もスティーブの腕から離れる事無く、一歩も歩かずにソファへ。アンティーク
調にデザインされたシックな調度品はどれも逸品。
スティーブは慣れた足取りでキッチンに立つと、私の為に蜂蜜入りのミルクを温めて
くれた。
ゆっくりとゆっくりと胃に流し込む温もり。
正直、ホッとした。
何にホッとしたのかも解らないけれど。
ただ、無性に安心している自分がいた。

美しいテーブルを挟んでソファに座り、しばらく私の様子を見ていたスティーブは、ふ、
と立ち上がると私の前に来て床に膝を付いた。
「脱いで。」
「・・・。」
「全部。見せて。」
「スティーブ。」
大きな両の手が、私の頬を優しく包む。
私は、小さく頷いて立ち上がると、そっと汚れたTシャツの裾を掴んだ。
躊躇いがないのは、もう、スティーブにはすべてを見られていたから。
何もかも、知られていたから。
それでも、一瞬下着を脱ぐ事に躊躇うと、スティーブの手が伸びて来た。
私のすべてが、碧い瞳に晒される。

スティーブは、優しく私の躰を抱き上げると、バスルームに誘(いざな)った。



    声音 Ⅵ    

 

この部屋に、他人が入るのは実に一年振りだった。
飯田は家族のようなものだから例外として。
色とりどりの花を抱えた女。
当然だ。
この女は花屋だ。
スティーブからの連絡が絶たれ、既に二週間。
突然来客を知らせた電子音に、一瞬、心臓が跳ねた。

「お久しぶりですね。ディアン。」
一人では持ち切れなかったのか、アルバイトらしき女が二人、顔を赤くして部屋に入
って来る。初めて見る顔だが、そんな事はどうでもいい。
女達が両手に抱えた花、花、花。
懐かしい光景だった。

『綺麗・・・とっても綺麗ね。ディアンさん。』
まだ、私達の関係が狂ってしまう前の記憶。
姫は、綺麗と言って喜びながら、でも、決して花に触れる事はなかった。

美しい花々をリビングの大きなテーブルに置くと、二人は帰った。
残ったのは花屋の店長。椿文子(つばきあやこ)。
ウチで運転手をしている椿彰(つばきあきら)の双子の妹だ。
この部屋の花は、この女がずっと活けていた。
姫が行方不明になってからも、半年ほど。
花が好きだった姫の為、ウィンが一週間に一度、室内すべてに花を活けさせていたの
だ。ずっと。
だが・・・なぜ今。

「スティーブから依頼があったの。今日から、以前のように花を活けてくれって。」
「・・・スティーブが。」
「ええ。彰から連絡があって、私、璃羽ちゃんに会ったわ。」
「・・・っ!!」
「元気そうだった。」
オフ・ホワイトのリムジンと共に姿を消した椿・・・。
姫の所に呼ばれていたのか。

「もう少ししたら、璃羽ちゃん、帰って来るそうよ。」
文子の声が、なぜか遠くから聞こえる。

「病院の予約を頼む。スティーブからの伝言。」
「・・・。」
「そう言えば解るって。確かに伝えたから。」
「ああ。」

やっと。
やっと私の罪が・・・裁かれるのか。

「バカラの花瓶、どこだったかしら?」
「・・・今・・・出す。」

遠くに文子の声を聞きながら。
私は久しぶりに物置となっている小部屋のドアを開けた。

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