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雪が降ってる。
音もなく、雪が。
冷たく硬い床から重い身体を引き剥がす。
いつまでも休憩室で座り込んでいる訳にはいかない。
スティーブは「すぐに行く」と言ってくれた。
彼の言葉に、いつも嘘はない。
けれど・・・助けてくれるだろうか。
咲おばあちゃんの為に、お金を出してくれるだろうか。
スティーブにとっては会った事もない他人だ。
返すと言っても、私にその当てがある訳じゃない。
一生働いて返せる額かも解らない。
それでも、助けたい。
部屋の外で声がする。
和己さんとご両親だ。
廊下で何かを話し合ってる。
私が行ってもいいだろうか・・・。
迷っている間に、ドアが開いた。
美幸さんだった。
「まだ休んでいなさい。りう、酷い顔色よ。」
そう言うと、呆然と立ち尽くしていた私の肩を抱いてソファに座らせた。
あちこち綻びた、古い二人掛けのソファに美幸さんと腰を下ろした。
この部屋は、華やかな美幸さんには似合わない。
何だか、切ない。
「いよいよダメかもしれない・・・。」
「え・・・。」
「金銭面より何より、受け入れ先の病院が決まらないの。私も、父に頼んでは見たんだ
けど。知り合いの伝手とか。でも・・・。」
「・・・ど・・・うしてですか。」
「おばあちゃんの年齢もあるし。もう、頭がい骨外してるし。多分、障害も残るだろうって。
おじさんもおばさんも迷ってる。障害が残ったら、それでなくても家族でギリギリの農家
だもの・・・誰かが付添をしたら、何かを諦めるしかないわ。」
「諦める・・・。」
「多分。牛とか。生き物の世話は大変だもの。」
「そんな事したら。」
「収入は激減するわね。和己のトコは、仔牛売ったりして冬場の窮状を凌いでいるから。
ウチで援助してもいいけど、結局は借金になるし。」
その上、私もいなくなったら・・・確実に人手が足りなくなる・・・。
「ねぇ・・・和己からプロポーズされたんでしょ?」
「・・・お断りしました・・・。」
「どうして? 和己はいい人よ? 私のせい? それとも、何か結婚出来ない理由でも?」
「色々・・・事情があって。」
「好きな人がいるのかな?」
「・・・はい。」
「そっか。でも、どうしてそれを和己に言わないの? 彼、悩んでたわよ?」
幼馴染だけあって、和己さんは美幸さんと仲が良いけど、そんな事まで話してたんだ。
もしかして、他人が思うほど、この二人の仲は恋愛から遠いのかもしれない。
「私達ね。本当は結婚する予定だったの。」
「え・・・。」
「でも。ウチ、大きな農家だけど、その分、借金も多くてね。父に反対されたの。父は、
私を町の代議士さんの息子と結婚させるつもりだったのよ。今、この町を「癒しの町」
として観光開発してるでしょ? その旗振り役の代議士さん。お金持ち。」
「・・・。」
「和己。私に駆け落ちしようとまで言ってくれたんだ。もう、五年も前だけど。」
「どうして・・・。」
「駆け落ちしなかったのか?」
「はい。」
「当時、私はお嬢様で通っていてね。この辺じゃ結構な顔だったの。女の子の憧れの
的ってヤツ。ウチに借金がある事も、誰も気づきさえしなかった。」
「・・・。」
「怖かったの。駆け落ちして、もしも落ちぶれたら・・・って。笑い者になりたくなかった。
見栄っ張りだったの。それで、約束をすっぽかしちゃった。」
じゃあ、和己さんは・・・。
「和己は理解してくれた。大人だったのね。結局、何もなかった事にしてしまったの。」
だから、和己さんの他のお友達は何も知らないんだ。
そうでなかったら、二人が結婚するなんて噂、する訳ない。
「でも、笑い話よ。その代議士さんが旗振りしていた観光事業は大失敗。父の目論見
も大誤算。閑散とした街を見たでしょ? ウチの事業も大打撃よ。罰が当たったのね。
優しい和己を裏切ったりするから。くすくす・・・。」
美幸さん、哀しそう。
きっとまだ、和己さんの事が好きなんだ。
だから、結婚しないで、今も友達を続けてるんだ。
「あなたは、チャンスを逃しちゃダメよ。」
「・・・。」
「ここにいるって事は、その好きな人とは結ばれない事情があるんでしょ? 全部、捨て
て来たんでしょ? だったら、新しい人生を歩かなくちゃ。きっと後悔するわ。和己は、
いい人よ。苦労してでも付いてゆく価値のある人。勇気出して。」
がんばって。美幸さんは最後にそう言って部屋を出て行った。
ドアを開けた瞬間、和己さんの怒った声が聞こえた。
ばぁちゃんを諦めろって言うのかっ!!
そう言って、怒ってた。
再会 Ⅴ 。
閑散とした街中を、タクシーで走り抜けた。
流石の飯田にも、この街で黒塗りのハイヤー調達は無理だったようだ。
隣町の真似をして観光開発に乗り出したようだが、こちらは失敗したのだろう。高級
リゾートとして名の売れた隣町からすると、随分と寂れた印象が強い。
元より、観光開発には金が掛かる。最初にどれだけ投資出来るかで結果は決まる
ものなのだ。
狭い車内で足を組む事も出来ず、ずっと窓の外を眺めていた。
この街の、更に山近くで姫ちゃんが暮らしていたなんて想像がつかない。
最後に逢った姫ちゃんは、病的なほど痩せ細っていた。帰国の準備が整ったら、
すぐに病院で検査を受けられるよう手続きも済ませていたが・・・。
あの時、さっさと入院させておけば、こんな事にはならなかっただろうか。
そうしたら今頃、可愛い子供がオレにも甘えてくれただろうか。
産まれていたら・・・まだ一歳にもならないから甘えるのは無理か。それでも、この腕に
抱かせてもらう事は出来たはずだ。
姫ちゃんとディアンの子供なら、さぞ可愛い顔をしていたろう。
もう・・・夢物語だが・・・。
雪が降っている。
粉雪だ。
雨が雪に変わる前に辿り着きたかったが、無理だったか。
さぞ、心細い思いをしているだろう。
ディアン・・・。
あの電話の調子では、姫ちゃんから連絡を受けていないのだろうな。
真っ先に連絡していると思ったが。
やはり、あの過去が躊躇わせてしまったか。
誰よりも傷つき、辛い思いをしたのは姫ちゃんだと言うのに。
もっともっとオレ達を責めていいのに。
卑怯だぞ。自分だけ逃げるなんて。
残されたオレ達が、どんな思いをしたか。
ああ、そんな事より。
本当に無事だろうな。
怪我なんてしてないだろうな。
この一年半に何があったって構わない。
とにかく、この腕に戻って来るのならそれでいい。
「スティーブ。そろそろ着きます。」
「解った。」
「お願いですから、怒らないでくださいよ。」
「誰が怒るか。」
怒れるモンか・・・。
走り抜けた街の中に、その病院は静かに建っていた。
寂れた街の印象そのままに。