2007.12。公開開始。
このブログは み羽き しろ の執筆活動の場となっております。
なお、ブログ中の掲載物につきましては「無断転載・無断使用を禁止」させていただきます。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
オフ・ホワイトの特注リムジンが闇を切り裂きひた走る。
中にいる人間には少しの揺れも感じさせず、けれど猛スピードで。
ふぅ、とらしくもなく溜息を吐き、椿は大きなクッションに身体を預け、無駄に長すぎる脚を高く組み替えた。
以前は、自分の乗る車にクッションなど置いた事はない。向かい合わせの座席など、生まれてこの方必要だと思った事はなかったし、まして車内に空気清浄機まで設置させるなど、ほんの数カ月前の自分からは考えられない。
あの玲瓏な漆黒の瞳に、白くたおやかな細い指先に、甘く香る白磁の肌に、魅せられた…。
穢れを知らぬ魔性の男。
否。
まだ、少年だ。
椿と出逢った時、彼はまだ17歳だったのだから。
椿はクッションに肘を乗せ、ゆるく頬杖をつく。
かつても今も、平然と他人(ひと)を殺す手は意外に繊細で、長い指先には傷一つない。
椿は極道の家に生まれ、当然のように極道となった。だが、それ以外の道が無かった訳ではない。彼は小・中・高と有名私立に通い、一流大学を主席で卒業したあと二年間海外留学を経験している。両親は決して極道の道を薦めはしなかったし、椿の傍らには常に界桜グループの後継者がいた。椿は生まれながらに世界有数の財閥を後ろ盾として持ち、実家はこれまた日本屈指の極道の総元だったのだ。
自由な生き方もしようと思えば出来た。
けれど、椿はそれを由としなかったし、家族を除けば周囲も椿の自由を認めなかったと言える。これだけすべてが揃った逸材を手放すほど、極道の世界は馬鹿でも愚かでもなかったという事だ。
椿がその手を初めて血で濡らしたのは14歳の時。初めて人を殺したのは16歳。初めて女を抱いたのは13歳の時で、初めて男を抱いたのは22歳の時だった。
そして、初めて人が死ぬのを見たのは6歳の時。自分の世話役だった男が、自分を庇って死んだのだ。兄のように大好きだった男だ。自分のちょっとした我儘が彼を殺してしまった。
自由には、それと同等か、それ以上の代償が求められる事を、椿は幼い頃に知った。
あの事件を切っ掛けに、椿は誰よりも強い力を望むようになったのだ。自分を、大切な者を護るだけではない、自分に刃向う敵を完膚なきまでに叩き潰す為の力が欲しかった。
そして、それを手に入れた。
多くの犠牲を払いながら。
ふと、物思いに耽っていた椿は胸ポケットから漆塗りの薄いシガレット・ケースを取り出すと、一瞬試案してから細いそれを取り出した。指に挟んだ細いそれは、黒い紙巻きタバコ。自分の為に作らせた特注品だ。
----シュッ…。
シガレット・ケースと対になったライターで火を着けると、細い先端の焔から淡く香る紫の煙。車内を満たす甘さに知らず椿は目を細める。
タバコの葉を巻く黒い紙には、薔薇の香料が染み込ませてあった。
薔薇は、鷹久の肌の香りだ。
別段コロンや香水を使っている訳ではないのに、鷹久の躰からは幽かな薔薇の香りがするのだ。
だから作らせた。
ハマッてるな…。
自分でも尋常ではない事など解っている。
34年の人生の中で、一人の人間にこれほど固執した事はない。
執着…なんて生易しいモノじゃない。
自分の中にこんな感情が存在している事など、鷹久に出逢うまでは知らなかった。
出逢った瞬間。
あの眼差しに、指先に、香りに、囚われた。
まるで薔薇の牢獄に自ら進んで閉じ込められた囚人のようだ。
時折、自分のすべてが、あの魔性に染められてゆく錯覚に陥る。
別に、それはそれでいいのだが。
「立花。」
手元のスイッチで助手席にいる秘書を呼ぶと、正面中央にあるモニターが一人の男を映し出す。
『はい。』
野太い声の掠れは、ヘビースモーカーの勲章だろうか。
後部座席と完全に隔離されてはいても、さすがに椿のいる車内で煙草に手は出さないが、立花の指先からヤニの匂いが消えた事はない。
あの愛くるしい極上天使が『おててあらって。』と言う度に苦笑する立花は、けれど禁煙など実行に移す気はないだろう。
無骨で大きな男の手が、なぜか極上天使のお気に入りだ。
死んだ父親を思い出すのかもしれない。
二人の兄の繊細な手では、やはり、父の代わりにはならないのだろう。
いつも、寂しくなると警護主任として側にいる角井の手に触れたがるという。
角井は、身体のゴツい男だ。
立花も。
二人共外見が強面なので普通の人間は敬遠するが、三兄弟は違っている。
自分たちを護ってくれる大きなモノ、強いモノに、三兄弟は無意識に惹かれるのだ。
散々な目に遭って来たから。
人が羨む美しさも、愛くるしさも、彼らにとっては厄介なモノでしかないという事だろう。
「行き先変更だ。マンションに向かえ。」
『解りました。』
数多くのマンションを所有する椿に、けれど立花は何処のマンションか、とは聞かない。行き先の再確認をしないなど、以前の彼ならば考えられない。
だが、立花には解っている。
恐らくは、椿の傍にいる男達の殆どが、今の彼の言葉に同じ判断をするだろう。
帝都郊外の高級ホテルに向かっていたリムジンは、何事も無かったかのように滑らかに都心へと進行方向を変える。
三兄弟の住まう高級マンションへ。
中にいる人間には少しの揺れも感じさせず、けれど猛スピードで。
ふぅ、とらしくもなく溜息を吐き、椿は大きなクッションに身体を預け、無駄に長すぎる脚を高く組み替えた。
以前は、自分の乗る車にクッションなど置いた事はない。向かい合わせの座席など、生まれてこの方必要だと思った事はなかったし、まして車内に空気清浄機まで設置させるなど、ほんの数カ月前の自分からは考えられない。
あの玲瓏な漆黒の瞳に、白くたおやかな細い指先に、甘く香る白磁の肌に、魅せられた…。
穢れを知らぬ魔性の男。
否。
まだ、少年だ。
椿と出逢った時、彼はまだ17歳だったのだから。
椿はクッションに肘を乗せ、ゆるく頬杖をつく。
かつても今も、平然と他人(ひと)を殺す手は意外に繊細で、長い指先には傷一つない。
椿は極道の家に生まれ、当然のように極道となった。だが、それ以外の道が無かった訳ではない。彼は小・中・高と有名私立に通い、一流大学を主席で卒業したあと二年間海外留学を経験している。両親は決して極道の道を薦めはしなかったし、椿の傍らには常に界桜グループの後継者がいた。椿は生まれながらに世界有数の財閥を後ろ盾として持ち、実家はこれまた日本屈指の極道の総元だったのだ。
自由な生き方もしようと思えば出来た。
けれど、椿はそれを由としなかったし、家族を除けば周囲も椿の自由を認めなかったと言える。これだけすべてが揃った逸材を手放すほど、極道の世界は馬鹿でも愚かでもなかったという事だ。
椿がその手を初めて血で濡らしたのは14歳の時。初めて人を殺したのは16歳。初めて女を抱いたのは13歳の時で、初めて男を抱いたのは22歳の時だった。
そして、初めて人が死ぬのを見たのは6歳の時。自分の世話役だった男が、自分を庇って死んだのだ。兄のように大好きだった男だ。自分のちょっとした我儘が彼を殺してしまった。
自由には、それと同等か、それ以上の代償が求められる事を、椿は幼い頃に知った。
あの事件を切っ掛けに、椿は誰よりも強い力を望むようになったのだ。自分を、大切な者を護るだけではない、自分に刃向う敵を完膚なきまでに叩き潰す為の力が欲しかった。
そして、それを手に入れた。
多くの犠牲を払いながら。
ふと、物思いに耽っていた椿は胸ポケットから漆塗りの薄いシガレット・ケースを取り出すと、一瞬試案してから細いそれを取り出した。指に挟んだ細いそれは、黒い紙巻きタバコ。自分の為に作らせた特注品だ。
----シュッ…。
シガレット・ケースと対になったライターで火を着けると、細い先端の焔から淡く香る紫の煙。車内を満たす甘さに知らず椿は目を細める。
タバコの葉を巻く黒い紙には、薔薇の香料が染み込ませてあった。
薔薇は、鷹久の肌の香りだ。
別段コロンや香水を使っている訳ではないのに、鷹久の躰からは幽かな薔薇の香りがするのだ。
だから作らせた。
ハマッてるな…。
自分でも尋常ではない事など解っている。
34年の人生の中で、一人の人間にこれほど固執した事はない。
執着…なんて生易しいモノじゃない。
自分の中にこんな感情が存在している事など、鷹久に出逢うまでは知らなかった。
出逢った瞬間。
あの眼差しに、指先に、香りに、囚われた。
まるで薔薇の牢獄に自ら進んで閉じ込められた囚人のようだ。
時折、自分のすべてが、あの魔性に染められてゆく錯覚に陥る。
別に、それはそれでいいのだが。
「立花。」
手元のスイッチで助手席にいる秘書を呼ぶと、正面中央にあるモニターが一人の男を映し出す。
『はい。』
野太い声の掠れは、ヘビースモーカーの勲章だろうか。
後部座席と完全に隔離されてはいても、さすがに椿のいる車内で煙草に手は出さないが、立花の指先からヤニの匂いが消えた事はない。
あの愛くるしい極上天使が『おててあらって。』と言う度に苦笑する立花は、けれど禁煙など実行に移す気はないだろう。
無骨で大きな男の手が、なぜか極上天使のお気に入りだ。
死んだ父親を思い出すのかもしれない。
二人の兄の繊細な手では、やはり、父の代わりにはならないのだろう。
いつも、寂しくなると警護主任として側にいる角井の手に触れたがるという。
角井は、身体のゴツい男だ。
立花も。
二人共外見が強面なので普通の人間は敬遠するが、三兄弟は違っている。
自分たちを護ってくれる大きなモノ、強いモノに、三兄弟は無意識に惹かれるのだ。
散々な目に遭って来たから。
人が羨む美しさも、愛くるしさも、彼らにとっては厄介なモノでしかないという事だろう。
「行き先変更だ。マンションに向かえ。」
『解りました。』
数多くのマンションを所有する椿に、けれど立花は何処のマンションか、とは聞かない。行き先の再確認をしないなど、以前の彼ならば考えられない。
だが、立花には解っている。
恐らくは、椿の傍にいる男達の殆どが、今の彼の言葉に同じ判断をするだろう。
帝都郊外の高級ホテルに向かっていたリムジンは、何事も無かったかのように滑らかに都心へと進行方向を変える。
三兄弟の住まう高級マンションへ。
PR