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2007.12。公開開始。 このブログは み羽き しろ の執筆活動の場となっております。 なお、ブログ中の掲載物につきましては「無断転載・無断使用を禁止」させていただきます。
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「どうだ・・・。」
「ダメだ。」
「そうか。もう、限界だな。」
「ああ・・・しかし、限界と言っても、もう我々には進むべき道はないぞ。このままでは、死ぬだけだ。」

 血に塗れた娘の亡骸を抱いて、男が号泣している。
 娘は枯れ枝のようにやせ細ってはいたが、つい数刻前までは笑顔を見せていた。
 まだ15。
 本来ならば、未来に乙女の夢を抱き、これからの一生に思いを馳せるであろう年頃だ。
 だが、娘は死んだ。
 大量の血を吐いて。
 娘の手には、木製のカ゜ップが握られており、その中には僅かに水が入っていた。
 硫酸の混じった井戸水だった。

「ヒイナ・・・ヒイナ・・・しっかりしてくれ・・・目を、目を開けてくれ・・・ヒイナ・・・。」
 号泣する男は、ただ、娘を抱きしめている。
 それ以外、何もしてやれる事がないからだ。
 誰を責める事も出来ない。
 否。
 責める相手がいるとすれば、それは地の果てにいて男の叫びなど聞こえはしない。
 尤も、今も生きているかどうか・・・それは解らないが。

 そんな父娘を、痛ましげな眼差しで見つめている男たちがいた。

「もう、この井戸もダメだ。」
「この分では、新しい井戸を掘っても無駄だろうな・・・どうする。」
「どうすると言っても。もう南の果てだ。西は冷たい太陽に長年焼かれ続け黒焦げだという。東は、国境を軍で固め、ネズミ一匹忍び込む余地はない。」
「ああ。俺達なら戦うのは簡単だが、被害を考えると、な。水戦争で五大国の内、三国が滅びた。我らの故郷も大山脈の万年雪で何とか国を保ってきたが、既に限界だという。最も、風の噂に過ぎないが・・・。」
「故郷を棄て四年。南の地に移り住み二年・・・やっと手に入れた安住の地だというのに。ここまで生き延びて・・・たった四年で・・・。せめて、閣下がいてくれたら。」
「ドール。」
「ダグ。取り敢えず何人か集めて土葬してやってくれ。遺体をそのままにしてはおけない。伝染病のもとになってしまう。」
「解った。」

 痛々しい眼差しを父娘に向けながら、しかし二人の偉丈夫は淡々と会話を続ける。すぐに遺体を処分しないと他の者たちにも影響を及ぼすからだ。

 この村は小さい。
 そして、滅びかけている。

「シダン・・・ヒイナを・・・。」
「ダグ・・・。」
「可哀想だが、葬ってやらねば。」
「ダグ・・・なぜだ・・・なぜ、我らがこんな・・・。」
「シダン。」
「なぜ、あの男を殺して神々に許しを請わなかったのだ・・・そうすれば・・・。」
「・・・。」
「閣下がいれば、姫様は我らに救いの手を差し伸べてくれた・・・きっと助けてくださった・・・あの男の首さえ天に翳せば。そうすれば・・・。」
 シダンは、腕の中に横たわる血に塗れた娘の長い黒髪を、何度も何度も愛しげに撫で付け、うわ言のように同じ言葉を繰り返す。

 あの男さえ罪を犯さねば・・・。
 あの男さえ神との盟約を守っていれば・・・。

「シダン・・・。」
「閣下さえ・・・姫様さえ・・・いてくれたら・・・ヒイナは、ここにいる子どもたちだけは、きっと助かったはずなのに・・・。」
 小枝のような娘の長い指先。
 かつては短かったが、可愛らしく柔らかにふくよかだった。
「どうして・・・どうして、たった一人の男の犯した罪で、我らが死なねばならんのだっ。子どもたちに、何の罪があるというんだ・・・っ。」

 涙は乾く事無くシダンの頬を流れ続ける。
 呻くような嗚咽に交じり、海岸線を侵食する波音が遠くに聞こえる。

 この世界、この大陸を覆う大海は硫酸だ。それ故、海岸線に村を作るなど凶器の沙汰だった。
 けれど、彼らには他に住まう地がなかった。
 この南の果てに辿り着けたこと事態、彼らには奇跡だったのだ。

 たった一人の少女の導きが、彼らをこの地へ誘った。
 そして四年の月日を彼らは生き延びて来た。
 だが、限界だった。
 最後の井戸が潰れた時点で、彼らは生きる術をなくしたのだ。

「帰ろう・・・。」
「シダン?」
「ダグ・・・帰ろう。俺たちの故郷に。エザンドーエンに。」
「シダン。」
「ここにいたって、もう生きる術はない。だったら、故郷に帰ろう。」
「しかし。」
「もしかしたら、閣下が生きているかもしれない。そうだっ。どうして考えなかったんだ・・・そうだよっ。」
「・・・え・・・。」
「ダグっ。どうして俺たち、考えなかったんだっ。閣下が死んだなんて、誰が確かめたんだっ?! もしかしたら姫様だって・・・そうだよっ。もしかしたら俺たちを探しているかもしれないっ。」
「シダン・・・おい、しっかりしろっ。」
「しっかりしてるっ!! だって、誰も二人の死を確かめた訳じゃないだろっ?! 閣下はともかく・・・姫様は神族だぞっ?! 何が起ころうと死ぬ事はないんだろっ??」
「それは・・・。」
「みんなで帰ろうっ。何処で死んだって今さらだろっ?! だったら、もう一度奇跡を信じようっ。少しでも閣下や姫様の傍に。」

「シダン・・・。」
「ダグっ。帰ろうっ!!」



②に続く

 


 
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