2007.12。公開開始。
このブログは み羽き しろ の執筆活動の場となっております。
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寄せては返す硫酸の波。
空を流離う薄紫の雲。
大地を覆う黒い緑。
天地創造の時代より、この世界の理は何ひとつ変わる事はない。
人・・・その存在を除いては・・・。
「ドゥオル。」
「・・・。」
「相談があるんだが・・・。」
「ダグ・・・お前がその名でオレを呼ぶ時はロクな事がない・・・。」
「ああ。」
「故郷に・・・みな、帰りたいのだろう・・・。」
「ああ。」
「先ほど報告が来た。やはり新しい井戸にも硫酸が混じって飲み水にはならないと。」
「ドール・・・。」
「子どもたちがいる。長旅。しかも、食料も、肝心の水すらも用意出来ん。ここから北の果てへ・・・一年は掛かるだろう。生きて辿り着ける可能性は皆無に等しい。」
「・・・解ってる・・・でも。」
「弱り切った女や子どもを連れて、馬もなく・・・村の外がどうなっているのかも解らない。故郷が今も存在しているのか、それすらも。多分、希望もない死への旅になるだろう。その決断を、オレに迫るのか?」
「お前しか、いないだろう。」
「勝手な事を。」
「解ってる。」
「無責任な。」
「解ってる。」
「ばか。」
「解ってる。」
ヒイナの死から、丸一日が過ぎていた。
最愛の娘を亡くした父親の悲痛な願いが仲間を動かし、村の意見は彼らの故郷へ旅立つ事で一致していた。
過酷な旅になるだろう。
しかも、帰った先に国が存在しているかは行ってみなくては解らない。
その上、旅立つ為の問題も山積している。
食料と、水。
まずはソレだ。
だが、どれほど思い悩んでも答えなど出るはずがない。
「水戦争で滅びた小国が幾つかあったはずだろう。」
「水が僅かでもあるなら、国は存在しなくても必ず人は存在する。争いは避けられない。」
「人肉が手に入る・・・。」
「ダグ、殺スぞ。」
集会所とは名ばかりの掘っ立て小屋で、ドールとダグは長い髪を掻き毟りながら地図を睨んでいた。昔、彼らが世界最強の剣闘士軍団として名を馳せていた頃の古い地図だが、この世界に存在する物としてはかなり正確な地図である。
さもあらん。
この地図を彼らに与えたのは世界を創りし神の娘。
彼らは初めてこの地図を見て、世界の広さや成り立ちを知ったのだ。
「昔・・・。」
「ん?」
「閣下の前で、俺たちはよくこうして頭を抱えたよな。」
「ああ・・・。」
「閣下はムチャな事を言うし、その度にお前はヘソを曲げるし、俺はいつも板挟みでヤケ酒だった。」
「・・・オレは悪くない。」
「はは。いつもそう言って、結局、閣下に押し切られたよな。お前は閣下に甘いから。」
「お前ほどじゃない。」
「最後の口説き文句が【ドール、お前にしか頼めない】だったっけ。」
「そして【ダグ、お前もそう思うだろ】だ。」
「はは、そうだった。」
血の336騎。
それが彼らの通り名。
彼らは身分の低さゆえ貴族出身の騎士たちからは決して快く思われていなかったが、エザンドーエン国民からは圧倒的な支持を受け、敵からは血の軍団と恐れられていた。
特に、彼らの主であるディオネイル・ロッド・リレイムは『鮮血の貴公子』と呼ばれ、神の聖剣を片手に戦場を駆ける姿はまさに深紅の戦神『ジェリード』であった。
愉しかったよなぁ・・・。
故郷を棄て去るを得なくなった彼らは、よくそう言って過去を愛でた。
国よりも平和よりも、彼らは一人の男をこそ愛した。
その男の為に戦場を駆け、勝利を手にする度、美酒と共に彼の名を飲み干し、彼の部下である己の幸運を噛み締めたものだ。
そして・・・。
あの美しい少女がその名を呼ぶのを聞く度、彼らは身に余る喜びにうち震えたものだ。
神の娘。
絶大なる力を持った裁きの女神。
その少女の美しい声で名を呼ばれる栄誉は、彼らの主だけのものだった。
③につづく
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