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2007.12。公開開始。 このブログは み羽き しろ の執筆活動の場となっております。 なお、ブログ中の掲載物につきましては「無断転載・無断使用を禁止」させていただきます。
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「椿さんが…帰ってくるって言った…。」
たった今切れたばかりの携帯を握り締め、鷹久はボソリと呟いた。

帰って来る?
誰が?
椿さんが?
何処へ?
ここへ?

当然だ。ここは椿の家なんだから。
でも、この一週間一度も帰って来ていない。
それどころか、電話だって、今日が初めてだ。
だから。
うるさい子供のいる家には来ないのだと思っていた。
だって…沢山家があるって言ってたし。
なのに。

「椿さんが…。」
帰って来る!!
しかも、明日は買い物に連れてってくれるって!!
「ど…どどど、どうしようっ。」
どうしよう。本当にどうしたらいいんだっ。
落ち着けっ。落ち着け、自分っ。
「と…とにかく、久と秋に教えなくちゃっ。きっと喜ぶぞ。」
特に秋は椿さんが大好きだから。
でも。でもでも。買い物の事は黙ってないと…。
「椿さん、忙しいって聞いたし。」
もしも久や秋に言って、直前になって行けなくなったら。
久はともかく、きっと秋はしょんぼりしてしまう。
「と、とにかく。帰って来る事だけ…。」
…。
「本当に…帰って来てくれるのかな…。」
待ってるって…言っちゃったけど。
帰って来なかったら…。
いやいやいや。そんな事、ない。
だって、日付変わるけどって言ってたもの。
うん。

テンションが上がったり下がったり、まるでジェットコースターにでも乗っている気分だ。
勿論、鷹久はジェットコースターになんか乗った事はないけれど。
でも、とにかく椿に会える。
その事で鷹久の胸はいっぱいだ。
何しろ一週間ぶりである。入院中は頻繁に会えたけど、それだって考えてみれば少しの時間だ。しかも深夜が多かった。久秋や秋典の様子を見る為に早くに来る事はあったが、やはり忙しい身なのだろう。鷹久が椿の身体の心配をするくらいには深夜の見舞いが多かったのだ。

ふと、あの頃を思い出し、鷹久は長い睫毛を伏せた。
「椿さん…忙しいのに。」
それでも、態々帰って来てくれる。
買い物にも連れて行ってくれると言った。
「どうして…。」
よく、解らない。
初めて会った時から、椿の態度はまったく変わっていない。
自分にも弟たちにも、本当に優しくしてくれる。大事にしてくれる。
それまで自分たち兄弟に向けられる視線は、それはそれは不躾で、ねっとりとしていて。時には値踏みするように。時には服の下まで覗こうとするかのように。淫猥で狂気を孕んだ視線。いつもいつも。気持ちが悪くて。怖くて。
それなのに、椿にも、椿の周囲にいる男たちにも、そんな視線を向けられた事はない。
初めて会った時からだ。
勿論、男たちの探るような視線は何度も感じたが、それは何処の馬の骨とも解らぬ子供を、見知らぬ他人を傍に置こうとする椿の身を案じての事だ。
今までとはまるで違う。
でも、だからこそ不安にもなる。
どうして自分たち兄弟をこんなにも大切にしてくれるのか。
椿にとって、そんな価値が自分たちにあるのだろうか。
どういう理由で椿は自分たち兄弟を引き取る事にしたのだろう。
椿もあづみも、何も心配しなくて良い、というだけで何も教えてはくれない。

こんな贅沢三昧な生活に慣れてしまって、もしも見捨てられる時が来たらどうしたらいい?

「はあ…。」
ジェットコースターのように上下していた鷹久の気分は、結局どんよりとした溜息で終わった。
さっきまでのドキドキは何処に行ったのか。

ところで。
自分はクローゼットで何をしているんだ…?

「……あ、風呂。」
どうやら驚異の記憶力も、日常の些細な出来事には意味をなさなかったらしい。
やっと弟たちの着替えを取りに来た事を思い出し、再びボロ布と化した服に向かって項垂れる鷹久である。
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耳朶を擽るような声を断ち切るようにスライド式携帯を閉じた。
控えめに言葉を探すアルトの甘さ。
そう遠くない日に。
すべては自分の物になる。
そう思っているのに…。
時々、底なしの闇に引き摺り込まれる夢を見る。
血に塗れた両の手で、あの白い躰を思う存分穢す夢だ。
甘い口唇を味わい尽くし、白い肌に紅の花を咲かせまくり、細い脚を思い切り開かせ…。
まるでハイエナのように震える果実を貪り喰らう。
そんな夢を。
この頃、よく見るようになった。

「限界も近いな…。」
あの異常な軽さを実感していなければ、すでに手中に収めていただろう。
鷹久の、あの窶れ果て凍えた躰を抱き締めたりしていなければ、今頃はきっと、睡眠時間を削ってでも毎日貪っていた筈だ。
「まったく、タイミングの悪い。」
本当ならば、出逢った当初に略奪していた筈だったのだ。
あづみの手から。
それが。
「アメリカのバカが…経済対策をドジりやがって…。」
丁度、椿が鷹久と出逢った時、アメリカ経済の急激な悪化で界桜グループも混乱していたのだ。被害を最小限に抑え込む為、椿も裏から表から打てる手をすべて打たなくてはならない状態で、暫く身動きが取れなかった。
それさえなければ…。
今更だが。

「立花。」
椿は再び助手席の秘書を呼んだ。
『はい。』
「鷹久たちの衣類を揃えたい。何処か良い店はないか。」
『それなら、ユニシロは如何ですか?』
「ユニシロ?」
『ええ。肌着からコートまで。頭のてっぺんから足の先まで殆ど揃います。価格もリーズナブルですし、最近は若手デザイナーを何人も起用してファッション性の高い質の良い物が揃っていると聴きます。何より、あの三人なら高級ブランド店に連れて行った時点で吐きますよ。きっと。』
「…。」
『貸し切りますか?』
「ああ、そうだな。極上天使の体調もあるだろうから、午前中貸し切ってくれ。」
『わかりました。』
「ところで、何処にある店だ?」
『桜宮(さくらのみや)大通です。』
「帝都中央か?」
『はい。西の大通。東京で言うと銀座ですか。』
そんな店、あったか? とは、聞かなかった。
大体、椿がいつもスーツをオーダーメードする店とて桜宮大通にあるのだ。言うまでもなく一流ブランド店が揃っている。

っていうか…。
「俺の土地に建ってるのか?」
『…。』
今頃気付かないでください。と、いう言葉を立花は必死で飲み込んだ。
財産管理にかなりの不安が残る椿である。
痩せた白い指先に、そっと指を絡めていた。
気付いたら、そうしていた。
何かの意味があった訳でも、そこに狡猾な思惑が蠢いていた訳でもない。
ただ。
眠ったまま泣き続ける少年を、離れて見つめ続ける事が出来なかっただけだ。
美貌だけに、栄養失調と一目で解る痩せこけた躰に、あのあづみですら気付かなかったのだろう。
人は、この少年の面(かお)に視線を奪われ、それ意外に目が行かない。
まして冬だ。
貧しいなりに暖かな服装をしていたのだから、そのスリム過ぎる体型になど気付く者は少ないだろう。
椿だとて、その背に触れて初めて気付いたのだ。

なんだ…この骨…。

異常に盛り上がった鷹久の背骨は、実際は肉付きの悪さが浮き彫りにしていただけで、病院に運び込んだ時は骨と皮の状態だったのだ。
二人の弟たちも栄養失調は辛うじて免れたものの、体重は平均を大きく下回り、その生活の悲惨さを物語っていた。
あづみの元で働き始め、その生活は格段に良くなって来てはいたものの、それまでの生活が三兄弟からまともな食欲を奪っていたらしい。入院して暫くはあまりの少食ぶりに栄養士が頭を抱えていた。
そんな中、末っ子の病気が発覚したのだ。
治療不可能な難病だった。

「DNAの配列異常?」
「はい。かなり珍しい症例です。それにしても、頑張りましたね。お兄さんたちは。普通の生活など出来ない身体ですよ。本当に、どれほど注意深く育てたのか。医師として頭が下がります。」

入院して二週間。
秋典の小さな身体を蝕んでいた病気が判明した。椿の「何より最優先させろ。」の鶴の一声で一カ月以上掛かる検査が二週間で終わったのだ。
だが、その病気は椿が想像していたより遥かに厄介なモノだった。
医院長室に連なる応接間で、椿は淡々と医師たちの説明を聴いていた。

「急激に老化が進むプロジェリア症候群という病気がありますが、秋典くんの場合はそれの逆。つまり、身体の時間の流れが異常にゆるやかなんです。この症例は数が少なく、日本では初めての確認でしょう。」
「それで。」
「はっきり言って、治療法はありません。異常に成長が遅い。それ以外の症状にも様々ありますが、DNAの配列異常が原因かどうか解っておりません。正直、異常な記憶力などは、この場合三兄弟そろってですから、まったく別な原因を疑わなくてはなりませんし。」
「今後は。」
「定期的な検査を受けて頂きます。秋典くんの場合は胃腸の働きが弱く、物を飲み込む力も不足しています。下痢や便秘を繰り返すのはその所為でしょう。こちらは薬で対処出来ます。更に骨の密度が足りていません。こちらはカルシウムの投与を。貧血については出血などの原因が見当たりませんので、食事療法を取る事になります。成長ホルモンの投与は時期を見て判断しますが、今は現状維持を心掛けた治療が望ましいでしょう。」
「精神的な成長の遅れは。」
「正直言って、治療は間に合いません。事件に巻き込まれての症状のようですが、その当時にカウンセリングなり投薬治療なりを受けていたなら兎も角、十年近く経っていては、治療にはその二倍か、それ以上の時間が必要になります。それに、精神的、肉体的治療を同時進行するのはまず無理です。ストレスでどちらかの治療が失敗に終わる危険性があります。それは避けた方がいい。いえ、こちらとしては避けたい。」
「ふむ。長期入院が必要か。」
「いえ。その必要性はないでしょう。逆に、病院にいる事で生じるストレスは治療の妨げにしかなりません。出来るなら生活環境の整った自宅で療養するのが一番でしょう。住まいは?」
「俺と同居する予定だ。」
「ならば話は早い。脳と身体。そして精神。いずれも安定していないと治療に差し障りが出ます。多少お金が掛かっても、まずは環境を整えてあげてください。今後の治療にあたっては、脳神経科、精神科、内科、消化器系・循環器系内科がチームを組んで全力で対応します。」

未だ病名さえついていないDNAの配列異常による成長の遅れは意外なほど重症だった。
それまで何も知らず暮らしていた二人の兄は言葉を失い、ただ茫然と椿の隣で医師たちの会話を聞いていた。
何も口は挟めない。そんな余裕などなかった。
ただ、医師が「よく頑張りましたね。」と言う度に、二人の兄の、いや、鷹久の神経は擦り減ってゆく。

もっと早く、ちゃんと施設にでも預けていたら。
もっと早く、自分が弟たちを手放していたら。

そんな思いばかりが鷹久を苦しめる。
母が死んだのは鷹久が16歳の時だ。頼れる親戚などもいなかった事から、母親が死んだ病院が児童相談所に通報し、それから毎日のようにやって来る民生委員などに施設へ入るよう説得されたのだ。何度も。
だが、三人一緒には暮らせないと知って、鷹久は施設行きをガンとして受け入れなかった。

これからの治療には、お兄さんたちの協力が不可欠です。
我々と一緒に頑張りましょう。

医師の声が遠くに聴こえる。
肩を抱き締めてくれる久秋の手の温もりが、遠い。
「兄貴…?」

もしも自分があの時…。
そう思ったら、鷹久の視界が真っ黒く塗り潰された。
擦り減った神経が限界を超えたのだろう。

ソファからズリ落ちた鷹久の躰を、椿がしっかりと支えた。
「兄貴っ!?」
慌てて鷹久に縋りつく久秋を傍にいた医師が支えると、ドアの傍に控えていた遠野がツカツカと寄って来て、医師の腕から奪うように細い身体を抱き寄せた。
「貧血だ。久秋、お前は秋典の傍にいろ。鷹久は別室で休ませる。」
椿は軽々と鷹久を抱き上げると、遠野に向かって連れて行けと目配せをした。

腕の中で、鷹久が泣き続ける。
その涙は、とても綺麗で、痛ましくて。
椿は痩せた躰を抱き締める腕にそっと力を入れた。

「もっと早く、出逢ってやりたかった…。」
溜息と共に零れ落ちた呟きは、誰の耳にも届く事はなかった。
手の中の携帯を見詰めたまま固まっていた。
ディスプレイを飾る名に心臓を鷲掴みにされたまま。
それでも。
「あっ…。」
鳴り続けていればいずれは止まる。
その事にやっと気付いて鷹久はワタワタと携帯を弄くった。
「切れないでっ。」
使い慣れない小さな電話に心細げに頼んでみた。
携帯なんて初めて持った。いや、実際は持たされたのだが。
弟たちが色々と弄くって遊んでいるのを眺めながら、鷹久は、壊れたらどうしよう、などと考えていたのだ。使い慣れようなんて思うはずもない。
今頃になってその事を後悔しながら、泣きそうな顔でワタワタ弄くって、やっと耳に押しあてた。

『鷹久?』
鼓膜を撫で上げるバリトンに鷹久の心臓がキュンと鳴く。
『どうした?』
寝るには早い時間帯だ。
椿が不審に思うのも無理はないだろう。
「あ…。」
『?』
「け…携帯…使い慣れてなくて…。ごめんなさい…。」
『何かあったのかと思ったぞ。』
「ごめんなさい。」
『謝る事ではない。何事もないか?』
「…。」
ない、と即答しなくてはならなかったのに、目の前の現実に答えが一瞬遅れた。
そうだ。どうしよう、コレ。
その沈黙を椿が逃す訳もない。
『何があった?』
部下が見たら卒倒しそうなほど眉間に皺を寄せ、椿は鷹久の答えを待つ。
が。ボロボロになってしまった服を指先で玩(もてあそ)びながら、椿の声に聴き惚れる鷹久にそんな椿の苛立ちが解る筈もない。
ダメだ。この声、凶器に近い。などと携帯から聴こえる声に頬を染めながら、鷹久は言葉に詰まって俯いた。誰かが見ていたら襲われそうな色っぽさで。
「あ…えっと…。」
『ん?』
「あの…なんでもない…です。」
その戸惑った色っぽい声の何処が何でもないんだ。
椿は鷹久に聴こえるよう小さく溜息を吐く。
鷹久の悪い癖だ。まだ18のガキのクセに、妙に遠慮深い。
と、言っても、自分たち兄弟の立場が曖昧なままなのだから仕方ないが。
『鷹久。俺は神様でも超能力者でもないんだ。言葉にしなくては解らん。』
「…。」
『何かあったのか?』
「あの…洗濯機が…最新型で…服が…。」
ごにょごにょごにょ。
『…。鷹久…。』
今度は、盛大な溜息を噛み殺す事にした椿である。
『要は、着る物がないんだな?』
「…はぃ…。あ、少し、あります…。」
『お前な…。』
その少しだって洗濯機を使えばダメになるんだろうが…。
怒鳴りたい…でも怒鳴れない。
惚れた弱みとはよく言ったものだ。
『今夜、帰る。日付が変わるだろうから待たなくていい。明日は朝から買い物に出掛ける。』
「…え。」
『何だ?』
「あの…帰って来て…くれるんですか…?」
何だ、それは。俺は家出した亭主か何かか?
『何だ…帰ったら悪いのか?』
ちょっと意地悪く言ってみた。
どうする、鷹久。
「そ、そんなっ。あのっ。」
『…。』

「早く…帰って来て…ください…。」
なんだ。やっぱり俺は亭主か。
「あの…起きて…待ってますから…。」
『解った。』
悪くない。
早く新妻にしてやるか。




ちょっとコメディっぽくしてみた…よりによってこの二人でコメディかよ、自分。
惚れた相手の肌に自分を刻みつけたいと願うのは、万国共通、男のロマン…なのだろう。まぁ、女にも言える事かもしれないが。
当然、椿にもそんな願いはある訳で。
椿は鷹久と出逢った時、コレは自分のものだと直感し、近々手に入れるつもりであづみの依頼を引き受けた。

『あのコを護って。』
タチの悪い連中に目を付けられているみたいなの。
厄介な事になりそうで怖いのよ。

普通、椿がパトロンとなっているあずみの店のバイトに手を出そうなど、誰も思わない。椿は死体処理場まで持っている男だ。その男の息のかかったモノに手を出すなんて、殺してくださいと言っているような物なのだ。繁華街をウロつく無知で血気盛んなチンピラだとて、そこまで命知らずではない。
だが、それはあくまで裏社会を知っている者にとってであって、相手が堅気となると違ってくる。裏を知らない分、時にヤクザ者よりタチが悪いのだ。
椿があづみの依頼を受けて数ヵ月後、やはりというか何というか、あづみの予感は的中した。
事もあろうに、鷹久の暮らすアパートから弟たちを拉致し、それを人質に鷹久を強姦しようとしたバカが現れたのだ。
無論、鷹久には密かに見張りがついていた為大事には至らなかったが、その事件を機に椿は三兄弟を自分の保護下に置く事を決めた。
あづみも、それに対して異論はなかったようだ。
ただ、椿がマンションやら何やらに湯水の如く大金を使い始めた事には随分と驚いたようだったが、それだとて椿のポケット・マネーであり他人が心配すべき事ではない。
尤も、椿がそこまでするという事は、少なくとも鷹久の運命は決まったようなものである。
あずみは何度も椿に念を押した。

傷つけないで。
強引に事を進めないで。
無理やり縛りつけないで。
三人を引き離さず、幸せにして。

極道相手に何を血迷っているのかと言われそうだが、あづみは本気だった。その言葉に椿は「念書でも書くか?」と言って笑うと、マンションの電話番号を教えたのだ。
「管理室には常に護衛がつく。皆ヘテロ(異性愛者)だ。信頼の置ける者を揃えた。それでも、妙な考えをするヤツが現れたら見せしめとして臓器売買に回すから安心していろ。」
「本当ね?」
「ああ。俺はお前に嘘など吐かん。」
「心配なのよ。あのコ達は純粋過ぎて。怖いの。」
「そのようだな。あそこまで無垢だと、逆に手が出し辛い。まぁ、急ぐ事でもないのでな。じっくり時間を掛けるとしよう。」

本当なら、止めるべきなのかもしれない。
弟のように可愛がっている子供を極道の愛人に推薦したようなものなのだ。
あづみにも当然ジレンマはあった。
だが、鷹久には椿くらいの男でなくては、彼を護り切る事など出来ない。それも動かし難い事実だ。
良くも悪くもあの美貌は男(ひと)を狂気に駆り立てる。鷹久の弟たちを拉致した男だとて、普通の銀行員だったのだ。あづみの店で鷹久を見掛けるまでは。
あの瞳に魅せられて、誰もかれもが我を忘れる姿をあづみは目の当たりにして来た。鷹久にはまるで自覚がないのに、男たちは彼に惹き寄せられ、壊れてゆく。
なぜ、と問われても本人たちには解らないだろう。
それが怖いのだ。

繁華街の外れにある小料理屋。
夫婦二人で営まれる小さな店は、ある日、そこを訪れた男の運命を突然変えてしまう。
たった一人の存在が、多くの男たちの人生を変質させてしまうのだ。関係のない周囲を巻き込んで。
だから、椿に託すしかなかった。
見も知らぬ行き擦りの客の為ではない。そんな連中の運命がどう変わろうと知った事ではない。
ただ、必死で弟たちを護ろうと頑張っている鷹久の為に、あづみは、安全と平穏を約束出来る場所を与えてやりたかった。
懸命にあがき続ける雛鳥の為に、安心して眠れる暖かな巣を用意してやりたかったのだ。


「お願いよ、椿さん。私、もう、何の罪もない子供が大人の勝手で傷つくのは見たくないのよ。」
無理心中の生き残りであるあづみの経験が呟かせる言葉は、酷く重くて、痛かった。
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