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2007.12。公開開始。 このブログは み羽き しろ の執筆活動の場となっております。 なお、ブログ中の掲載物につきましては「無断転載・無断使用を禁止」させていただきます。
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       近き日に・・・子を宿すだろう・・・。

 甘やかな微笑みを浮かべ、少女は囁くような声でそう言った。

       良き名を・・・つけてやらねば。

 大きな瞳に小さな刃物を煌めかせ、幼い女神は穏やかに。

       いずれ・・・われが名を与えし意味を知る時まで・・・。

 軽やかな歌声の聞こえる裏庭を見下ろしたまま。

       ディル・・・そなたは部下に、本当に恵まれておるのぉ・・・。

 裁きの女神は、うっとりと、風にその美しい髪を弄ばせた。
 

 それは。
 神々の報復が始まる数日前の事。
 穏やかな陽射しの揺れる、初夏の午後だった。




 懐かしい夢を見ていた。
 木漏れ日の下、洗濯女たちの歌声を聴きながら昼寝をする夢だ。
 洗濯女たちの中にはダグの女房もいて、洗い立てのシーツを干しながら青空を見上げては流れる雲を数えていた。
 幸せだった。
 自分は、このひと時の為に命懸けで戦場を駆け回っているのだと素直に信じていられた頃。
 リレイム邸の裏庭。
 甘く香る白蘭。

「あんた・・・あんた・・・。」
「ん・・・。」

 邸の二階。
 大きな窓辺に佇む小さな影。
 乱反射する日差しの向こう。
 硝子に透ける紅い唇。

「あんたっ。ダグっ。」
「あーっ? なんだよ、キュア。」

 あれから、何年経ったっけ・・・。
 目の前の現実こそが夢であって欲しいと何度願った事か。
 不安に揺れる緑の瞳。
 乾いた唇が切れて痛々しい。

「どうした?」
「あのさ・・・ヒイの事なんだけど。」
「ヒイラギの事?」
「うん・・・この頃あの子、妙な事を言うんだよ。」
「妙な事?」
「うん・・・それがね。誰かが呼んでるって言うんだよ。ねんねすると、誰かが呼ぶって。」
「寝てたら? 誰かが呼ぶ?」
「ああ、そうなんだ。あたし、凄く気になって・・・試しにさっき、昼寝の時に膝枕してやったんだよ。そしたら・・・。」
「どうした?」
「冷たいんだよ・・・あの子の身体が。」
「は?」
「氷みたいに。凄く冷たくなって・・・。あたし、このまま死ぬんじゃないかって、怖くなって無理やり起こしてしまって・・・。そしたら。」
「そしたら? どうしたんだ?」
「声が・・・。」
「声?」

「『見つけた』って・・・聞いたこともない男の声が・・・。あたしの背中の方から・・・。」

「・・・。」
「でも・・・でもでも、誰もいなかったんだよっ。本当にっ。だって、ここの連中の声なら、目をつぶってたって聞き分けられるよ、あたし。でも、違うんだっ。ぜんぜん聞いた事のない。凄く低くて澄んだ男の声で。」
「男の声・・・。」
「そう。あたし、ひっ!! って飛び上がるくらい冷たい声にびっくりして。だから。どうしようっ。ねぇ、まさか、ヒイに何かあるんじゃ・・・。」
「キュア。」
「ヤダよっ、あたし。あたし、あんたと結婚して、十五年も子供出来なくて。やっと、やっとヒイを授かったのに。ヤダよ、ダグ。ねぇ、どうしたらいい? 誰がヒイを呼んでるんだいっ?!」


 南の果ての小さな村。
 終りのない押し問答の末。村の外に掘った新しい井戸から僅かな水を得て、ドールとダグは一先ず故郷に帰りたいと願う人々を押しとどめる事に成功した。
 尤も、掘り出された水は泥水で、濾過にはかなり時間が掛かる代物だ。しかも、濾過された水の量は微々たるもの。どちらにしても、彼らが村を棄てるまでにさほどの時間は必要ないだろう。
 だが、この時になってダグの女房キュアが息子の異変に気がついた。
 二人の間に生まれた一人息子ヒイラギは、彼らが国を脱出して一年後に誕生している。

 ヒイラギの名付け親は、表向き彼らの主ディオネイルとなっている。
 キュアが妊娠する前に、その兆候さえなかったというのに、ある日突然、彼はダグに言ったのだ。

『きっとキュアは男子を産み落とす。だから私が名付け親になろう。』と。

 無論、最初は何の冗談かとダグは笑った。
 すでに子供の誕生を諦めていた頃の事だったからだ。
 だが、ディオネイルははっきりと言ったのだ。

『ダグ。子が生まれたらヒイラギと名づけろ。意味は、その内教えてやろう・・・。』

 今にして思えば、彼はヒイラギが生まれる事を最初から知っていたのだろう。
 ならば、その名付け親はディオネイルではなく、あの美しい姫だ・・・。

 しかし・・・。

「ねぇ、ダグ。ドールに相談しておくれよっ。あたし、怖いよ。ねぇったらっ!!」
「あ・・・ああ。」

 しかし、なぜ。
 なぜ、今なんだ?





⑤につづく。



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