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「雨だね・・・。」
「うん。」
「姫ちゃん。雨、嫌いだね。」
「うん。」
「早く、雪になるといいね。」
優しく肩を抱いて、私の隣に立つスティーブ。
笑えるくらいの身長差。
ここにディアンさんがいたら、私はドーベルマン二頭に挟まれたチワワだ。
あるいは、二頭の豹に見下ろされるハムスター。・・・こっちの方が合ってるかも。
そんな様を想像してくすくす笑ったら、ガラスの中のスティーブが小さく首を傾げた。
夜空を透かし見る窓ガラスはまるで鏡だ。
私の醜い心まで映し出されそうで怖い。
勝手に逃げたのに。
困った時だけ、こうして甘えて。
まるで、すべてが元に戻ったように。
私。
当り前のようにスティーブと並んでる。
「指輪・・・ありがとう。お礼、言うの遅くなっちゃった。ごめんなさい。」
「お守りだよ。安物だけどね。飯田には本店から取り寄せろって言われた。」
「そんな。とっても綺麗だよ。サイズもぴったり。本当は高かったでしょ?」
「それが・・・この近所で衝動買いしちゃったから。ゴメン。ホント、安物。」
「ううん。値段なんていいの。安くていい。私。高価な物をもらっても、どうして
いいのか解らないもの。」
左手の中指。
くすぐったいほど綺麗な輝き。
本当はとても高い物だって解ってる。
ひと眼で解るよ、スティーブ。
私なんかにはもったいないって事も。
解ってるんだ。
でも、スティーブが着けてくれたから外せない。
外したくないよ。
いつもいつも、申し訳なくて涙が出そう。
スティーブも、ディアンさんも、私に優し過ぎるのだ。
R-18指定。今夜サイトにUPの予定。
胸の先がシーツに擦れて、痛い。
さっきまで抱き締めていたクッションは何処かに転がり、腰だけを恥ずかしいほど
高く掲げたまま、私の躰は揺らされ続ける。
以前は怖くて、痛くて、苦しいだけだった行為。
特に後ろは痛みが酷くて苦手だったはずなのに、スティーブは難なく私のその部分
を慣らし、快楽の生まれる場所にしてしまった。
スティーブの動きに合わせて、聴こえる水音。
必死に堪えても溢れてしまう喘ぎ声。
恥ずかしい・・・。
恥ずかしいのに、気持ち良い・・・。
一体、どうしちゃったの・・・私の躰。
此処は、挿れる場所じゃないのに。
スティーブの甘い喘ぎが聴こえる。
その度、私の躰は喜びに震え熱くなる。
ダメ・・・ダメなのに。
このままじゃ、私・・・。
私・・・。
私。
スティーブに飼い馴らされて。
スティーブがいないと、生きて行けない躰になっちゃう・・・。
「可愛いね。ヒツジの枕。少し小さいけど。」
「ん・・・あ・・・文子さん・・・買って・・・くれ、てっ、あんっ。」
「何処に行って来たの? こんなの売ってる店って、何処?」
「あぁ・・・んぁっ。つばき、さん、が・・・連れて・・・くれ・・・あぁっ。」
「椿のヤツ・・・んっ。姫ちゃん・・・感度、良過ぎっ。そんな、締め付けないで
くれ、る。腰の動き、卑猥過ぎ、だ。あ、もう・・・イ、きそ。」
「スティーブ・・・ンッ。ん、んぁっ。」
スティーブが、私の中で何度目かの絶頂を迎えた。
私は、全身を震わせてその熱い迸りを受け止める。
もう、何度躰を重ねたんだろ。
私、自分がこんなに淫乱だったなんて知らなかった。
躰が、スティーブを求めて止まらなくなる。
どうしよう・・・怖い。
「姫ちゃん、凄い・・・。」
「・・・?」
「まさか、ここまで感じられるようになるとは思ってなかったんだ。」
「スティーブ・・・?」
「凄く怖がってたから。気持ち良くなれないようなら、慣らすの止めるつもりだった
んだ。本当はね。でも・・・。」
「んっ・・・あっ、あっ、んっ。」
「コッチが、これだけ感度が良いって事は・・・。」
「な・・・に・・・?」
「いや。何でもないよ。」
「スティーブ・・・。」
もしかしたら。
スティーブは知っているのかもしれない。
私を捜したと言っていた。
だとしたら。
知っているのだろう・・・。
私が中絶した事を。
だから、触れないのだ。
スティーブは。
私の中に、本当の意味で触れた事はない。
『子供・・・諦めたのね。』
銀座で買い物三昧 私にとっては な時間を過ごした後、車の中で文子さんが
言った。
『私は二児の母よ。貴女の妊娠には気づいてたわ。ウィンは知らなかったの?』
文子さんは、私とディアンさんの事は知らないようだった。当然のように、私のお腹
の子をウィンの子供だと思っていたのだろう。
それでいい。何も言う必要はない。
もう、子供はいないのだ。
それだけが事実であり真実なのだから。
『産む、という選択肢はなかったのかしら。』
はい・・・。
『そう。』
他の選択肢など、私にはなかった。
赦されるはずのない、歓迎されるはずもない妊娠だったのだから。
『残念ね。貴女が妊娠してた事、まだ誰も知らないの?』
解りません・・・スティーブも、何も聞かないので。
ただ、知っていたとしても。
もう、終わった事ですから・・・。
『璃羽ちゃん・・・。』
すみません。
『貴女が謝る事ではないわ。ごめんなさいね。ただ、可愛い赤ちゃんを抱いた貴女
に会える事を期待していたの。子供に、罪はないから。』
・・・。
『貴女にも、罪はないのよ。』
いいえ、違います。文子さん。
すべての罪は私にあるんです。
私が、この世に存在する事こそが、きっと罪以外の何ものでもない。
父という存在が、母という存在が、私に投げつけた言葉に嘘はなかった。
生まれなければ良かった。
今でもそう思っている。
せめて、兄という存在の生きる糧になれていたら。
私は両親という存在に感謝される事はなくても、捨てられるほど憎まれはしなかっ
たかもしれない。
兄は今も生きていて、私の事を覚えていてくれたかもしれない。
墓なんてなくていい。
命日なんて忘れ去られてもいい。
ただ、記憶の端に。
家族の一人として残れたならば。
きっと、それは・・・。
それも、私にとって、幸せの、ひとつの形だったかもしれない。
妊娠していると知った時。
私の中に芽生えたのはディアンさんに対する罪悪感だった。
私なんかが・・・。
それだけだった。
ディアンさんにも、スティーブにも、帰るべき場所があって。
この世界の何処かに、二人に相応しい人がいて。
足を引っ張ってはいけない。
他人に迷惑を掛けてはいけない。
子供を、不幸にしてはいけない。
産んだとしても、幸せに出来ない事は解っていた。
自分の子供にまで、憎まれたくはなかった。
そう。
それが本当の理由だ。
私は。
もう誰にも憎まれたくなかった。
だから中絶した。
ただ、それだけ。
私の真実など、そんなものだ。
私の罪が赦されるなんて思った事はない。
一生後悔し続けるであろう事も解っていた。
それでも、産んではいけないと思った。
望まれない子供。
私の分身。
同じ思いをさせたくない。
私自身、その子供を愛せたかどうか・・・。
愛された記憶がないから。
愛し方が、解らない。
それは言い訳でしかないのだろうけれど。
結局、私は。
誰にも必要とされない子供を産む勇気は、なかった・・・。
『スティーブに、相談しようとは思わなかったの? 私でも良かったけれど。』
すみません。
『いいのよ。ただ、彼ならどんな事をしても産んで欲しいと言ったんじゃなくて?』
だから・・・相談出来ませんでした。
例え誰の子であろうと、スティーブは産む事を望んだろう。
自分が一生面倒を見ると。
自分が父親になると。
言ってくれただろう。
でも・・・。
罪は罪。
けれど、その罪を犯さない事で生まれる悲劇もまた罪だ。
私には、他の選択肢などなかった。
不幸にすると解っている子供を産む勇気などなかった。
例え、他の選択肢があったとしても、きっと結果は同じ。
私は、子供を産んではいけない女だ。
私を母と呼ぶ子供ほど哀れな存在はないだろう。
だったら、最初から産まれない方がいいのだ。
私が、そうだったように・・・。
『ディアンにも、相談しなかったの?』
え・・・。
『まぁ、彼には言い辛いかもしれないけど。好きだったんでしょ? なんとなく、
そうじゃないかって思ってた。貴女、顔に出易いから。』
・・・。
『ウィンが、貴女をレイプしたのも。それが原因でしょう。悲しいけれど。』
どうし・・・て。
『ウィンが打ち明けてくれたから。亡くなる、三カ月くらい前だったかしら。』
ウィン、が?
『ええ。無理やり自分のモノにしたって。誰にも盗られたくなかったって。それ
から、貴女から何か相談されたら、どんな事でも力になって欲しいって。頼まれ
てたの。結局、貴女はいなくなってしまったけど。』
そんな事を・・・ウィンが。
『最期まで貴女の事を心配してたんだと思うわ。だから、産んで欲しかったわ。
ううん。貴女の事だから、きっと産むと思ってた。責めてる訳じゃないのよ。
貴女は悪くない。ただね。』
・・・。
『ディアンだって、貴女が相談したらきっと産んで欲しいと言ったはずよ。』
文子さん。
『彼は、結構子供好きみたいだし。ディアンとスティーブがいたら、子供を育て
るのも難しくはなかったでしょう? 璃羽ちゃんがどうしてそうしなかったのか、
私にはとても不思議なの。』
・・・。
『ウィンの子供は、産みたくなかった?』
文子さん。
もう、その話は止めてくださいませんか?
『璃羽ちゃん?』
忘れたいんです・・・。
私。
『そう・・・。ごめんなさいね。』
いいえ・・・。
文子さん、ゴメンナサイ。
『いいのよ。』
ゴメンナサイ。
文子さん。
貴女は、何も知らない。
だから、もう。
何も言わないで。
これ以上、私の心を掻き乱さないで。
出逢わなければ良かった・・・。
ウィンにも、スティーブにも、ディアンさんにも。
そうすれば。
都会の片隅で、私のちっぽけな人生は静かに終わっていた。
苦しくて、哀しくて、辛いだけの恋などする事もなく。
ただ生きて、ただ死ねた。
それが、私に相応しい一生だったのに。
出逢ったりしなければ。
好きになったりしなければ。
私なんて・・・。
生まれなければ良かったのに 。
声音 Ⅹ 。
いつも泣かせてばかりいた。
いつもいつも辛い思いばかりさせてしまった。
眼の前からいなくなって、初めて気づいた。
あの不器用な微笑みを。
あの哀しげな眼差しを。
私は、どれほど愛していたのだろう。
失ってから気づくなんて、最低だ。
その上・・・。
考えた事もなかった。
子供。
私と姫の。
する事をしていれば出来て当たり前だったのに。
どうして。
まるで頭になかった。
ただ、夢中で抱き締めていただけだった。
姫の躰から、ウィンの影を消してしまいたかった。
彼女がウィンに抱かれている間、どうやってスティーブの眼を誤魔化そうかと
そればかり考えていた。
いずれ知れてしまうとは思っていたが。
邪魔をして欲しくなかった。
いつもいつも。
泣いて痛がる姫の躰をバスタブに入れて、優しくそのすべてを癒していたのは
スティーブだった。
あの長い髪を、あの華奢な躰を、洗って、手当して、自分のベッドで眠らせて。
一体彼は、どんな風に姫に触れていたのだろう。
何を思って、大切に大切に扱っていたのだろう。
時折、濡れた女の眼差しでスティーブを見つめる姫がいた。
特に、私が手酷く抱いた翌日はそうだった。
蕩けた蜜のような瞳。
甘く濡れた唇。
本人に自覚はなかったようだが。
よく、手を出さないものだと、半ば呆れていた。
スティーブ。
自由奔放な私の義兄。
誰よりも女が必要なクセに。
一度に何人もの女を抱いて愉しんでいたクセに。
どうして姫だけには手をつけなかったのか。
妹のように思っていたのか。
それとも、ただ単に好みの女じゃなかっただけか。
どちらにしろ、姫のスティーブに対する信頼が揺るぎないものとなるのに大し
た時間は掛からなかった。
姫とスティーブの不思議な関係。
今は、少し違っているだろう。
迎えのヘリに飛び乗り、私が飯田と合流したのは、姫からの電話があってから、
丁度20日目の事だった。
マンションから地方のホテルへ。途中、小さな飛行場に寄り、飯田を拾った。
合流した飯田は、相変わらずのポーカーフェイスで淡々とPCに向かい、仕事を
しながら姫が連絡をして来た理由を説明した。
くだらない。
けれど、その咲オバアチャンとやらには感謝しなくてはならないだろう。
事件が起こらなければ、きっと姫を捜し出す事など不可能だった。
あの姫が、過疎地の農家で働いていたなんて。
「それで、姫の健康状態は?」
「至って良好のようです。勿論、検査は必要ですが。」
「そうか。飯田。」
「はい。」
「ひとつ聞きたい。」
「なんでしょう。」
「姫は、スティーブと関係を持ったのか?」
「・・・。」
「否。どちらでも良い事だな。私には何も言う権利などないのだから。」
飯田の曖昧な微笑が、すべてを物語っているような気がした。
姫を散々傷つけ、苦しめ続けた私と。
姫を支え、癒し続けたスティーブ。
最初から結末など見えている。
それでも、逢いたいと願うのは。
結局、私の我儘でしかない。
心を縛る鎖があったら。
きっと私は。
でも。
「さあ、どうぞ。」
「ディアンさん、ありがとう。」
「こちらはスティーブ自慢のフルーツタルトです。」
「見て、ウィン。凄く綺麗。美味しそう。」
「姫ちゃん。美味しそう、じゃなくて、美味しいの。」
「あ、そうでした。」
心を閉じ込める鍵が欲しい。
他には何もいらない。
ただ、君の心が欲しい。
「この紅茶、とってもいい香り。」
「気に入りましたか?」
「うん。いつもはティパックだから。ディアンさん淹れてくれたの初めて飲んだ時驚い
ちゃった。ぜんぜん違うの。」
「はは。ティパックに負けたら流石のディアンも泣くな。オレの影響で味には煩いんだ
よ。否、ウィンの影響だな。」
「そうなんだ。ウィン? どうしたの?」
「ん・・・ああ。少し考え事を。」
「あ。ごめんなさい。お仕事? 私、帰るね。」
「違うよ、璃羽。大丈夫。」
「でも・・・。」
「此処に居て。私の傍に。」
「ウィン?」
「オレ達某国民はお茶の時間を疎かにしたりしないんだよ。姫ちゃん。お仕事中でも
一時間はお茶するの。」
「ほんとに?」
「勿論。あれ? 姫ちゃん、オレ達に馬車馬の如く働けって言うの? そんな姿、オレ
達に似合う?」
「う・・・。に、似あいません・・・。」
「でしょ。」
心に形があったらいいのに。
そうしたら、鎖に繋いで、宝箱に閉じ込めて、鍵をかけて。
心が目に見える物であったなら。
心が触れられる物であったなら。
「タルト、もう一切れ如何?」
「スティーブ・・・私、太っちゃう。」
「大変結構。姫ちゃん痩せ過ぎ。はい。甘ーい桃がいっぱいのトコ。」
「うーうー。いつも誘惑に負けるぅ。スティーブの作ってくれるお菓子は美味し過ぎ。」
「もっともっと誘惑されちゃって。はい。」
「丸々の子豚になっちゃうよ。」
「可愛いじゃない。子豚姫ちゃん。うん。いいよ。」
「ひどーいっ。」
君の心が欲しい。
君を誰にも渡したくない。
此処に居て。
傍に居て。
私だけを見て。
この腕に閉じ込めたい。
私の魂に縛り付けたい。
身も。
心も。
けれど、私は気づいてしまった。
私と同じ想いを抱く男の存在に。
幼い頃から傍にいた。
だから、解る。
まるで関心の無いような顔をして。
その実。
いつもその気配に神経を配っている。
素知らぬ顔をして。
醒めた眼をして。
それでも。
いつも視線の端に璃羽を捉えて離さない。
「璃羽。今日は泊まっていって?」
「え? いい、いいよ。そんな、迷惑だよ。」
「どうして? 部屋ならいくらでもある。」
「だめだめ。お仕事の邪魔になったら困るもの。それに・・・。」
「それに?」
「ここ、広過ぎて迷子になる・・・。」
「そういえば、一度トイレからリビングに戻れなくなったね、姫ちゃん。くすくす。」
「・・・忘れてください。お願いします。」
「大丈夫ですよ・・・迷子になったら私とスティーブで捜しますから・・・。」
「そうそう。姫ちゃん専属の遭難救助隊になってあげるよ。」
自覚のない想いほど厄介なモノはない。
解っているのか。
そんな眼差しで女を見た事などない癖に。
紛れもない嫉妬だよ。
その視線。
君の心が欲しい。
ただ、傍に。
その願いは叶わない。
私には時間がない。
君が欲しい。
君だけが。
その願い。
この想い。
もしも。
叶うなら。
私は、何を犠牲にしてでも手に入れるだろう。
『いやぁぁぁぁ っ!!』
悪い夢。
すべては、悪夢。
忘れなくちゃ。
忘れ・・・なく・・・ちゃ・・・。
「姫ちゃん・・・。」
「・・・。」
「涙、いっぱい。」
「・・・。」
「夢を見たの?」
「スティーブ・・・。」
「大丈夫だよ。怖くない。傍にいるよ。」
「スティーブ・・・。」
声を殺して泣き続ける。
ただの夢。
解ってる。
それなのに、心に刻み込まれた痛みが私を泣かせる。
初めてだった。
恋などした事もない。
誰かを愛するなんて、私には赦されない事だと知っていた。
汚れた躰。
流れた血。
綺麗に洗ってくれたのはスティーブだった。
涙が止まらない。
助けてっ・・・助けて・・・っ。
声にならない叫びが涙に滲む。
大きな手のひらに頬を撫でられて。
「泣いてもいいよ。オレしかいないから。」
うっ・・・くっ・・・。
「笑う事を覚える前に、泣く事を覚えるべきだったね。」
うぐっ・・・う・・・く・・・っ。
「いっぱい泣いたら、ヘリで夜景を見に行こう。ね?」
ひっく・・・うくっ・・・ふ・・・ぁ。
青と、灰色と、白・・・。
それが。
私の知る世界のすべて。
白は雪の色。
灰色は病院の壁の色。
青は教会のステンドグラスの色。
でも、今は・・・。
ああ、今の私が知る碧は。
スティーブの、瞳の色、だ。
再会 Ⅹ 。
「甘いんだよ、お前は。」
『・・・。』
「確かにレオを出廷させたのはオレだ。確かめたい事があった。」
『確かめたい事?』
「あの女が、どうして突然強気に出て来たか。裁判なんてやったって勝ち目はないはず
なのに、だ。何かあると踏んだ。」
『それで。』
「案の定、出て来た。」
『何が?』
「お前だ。」
『私・・・?』
「そうだ。」
お前がウィンと最後に過ごした三日間。
『・・・。』
「あの女はそこを衝いて来た。」
ウィンとディアンの最後の三日間。
オレも姫ちゃんもいない三日間の闇。
医師と看護師が定期的に様子を見に行ったが、それ以外は二人きりの病室。
看護記録に残る病室の様子。
何もないようでいて、異質な空気の張り詰めた室内。
文字のそこ此処に残る看護師の戸惑い。
「交通事故は偶然だ。殺したってこっちが得する事など何もない。ただ、痛くもない
腹を探られるのはオレの趣味じゃない。愛人の方には釘を刺すようレオに言った。
その後で事故が起きようと、何があろうと、オレの知った事じゃない。喧嘩を売る方
が悪いんだ。このオレにな。」
ああ、お前の想像通り釘を刺しまくっておいたさ。
致命傷になるくらい、な。
姫ちゃんに手出しはさせない。
「お前、何甘い事やってんだ。姫ちゃんは何も知らないんだぞ。」
『・・・何・・・を。』
「オレを舐めるな。お前、ウィンに何を言った。」
『何の事だ・・・。』
「最後の最期に反撃を喰らったクセに。あの一言は、お前への報復だろうが。」
死んでも離さないよ 璃羽。
「だからお前は姫ちゃんの耳を塞ぎ、視界を閉ざした。違うか。」
『・・・。』
「ウィンは長い事財産目当てで近づいて来る金の亡者共と渡り合って来た兵(つわもの)
だぞ。オレ達なんて赤子同然だ。何処をどう衝けば最大のダメージになるかなんて知り
過ぎてる。現に、お前は一度姫ちゃんを失った。子供まで、だ。」
『スティーブっ。』
「悲鳴を上げるのは姫ちゃんの特権だ。お前が叫んでも可愛くない。まんまとウィンに
報復されて、挙句、今度は遺産相続でまで姫ちゃんを泣かせる気か。あの女は何処から
か看護記録を手に入れて、お前がウィンを殺したんじゃないかと疑いを持った。」
『バカな。』
「バカはお前だ。事実は違っても、他人が信じたらソレが真実になってしまうだろうが。
それがあの女の狙いだ。一石二鳥を狙ったんだろ。お前と姫ちゃんの二人から相続権を
奪って、後は離婚の際の調停内容に再度文句を付ける。ウィンもその父親も死んでるん
だから、夫婦の真実は解らん。何とかなると愛人が入れ知恵した。まぁ、短絡的で計画
は甘く、オレを敵に回すには笑えるくらいボロボロだけどな。」
『それで・・・。』
「何も。後はレオが愛人の過去を調べただけだ。子供時代にまで遡ってな。他人が信じ
りゃ嘘も真実になる。例え身に覚えがなくても、例え事故でも、他人が犯罪と信じれば
事件になる。それをこっちもやっただけだ。」
いいか、ディアン。
相手がどんなバカでも、無力でも、護りたいものがあるなら徹底的に潰せっ。
護りたいものが安心していられるように。
泣かずに済むように。
いつも、笑っていられるように。
『スティーブ・・・。』
「そんなんで姫ちゃんが護れるかっ。おバカ。少し反省しろ。」
『・・・姫は・・・。』
「元気だ。表向きは、な。文子と会って、かなり落ち着いたが、まだまだ精神的に不安
定だ。当然だろうな。オレと再会して悪夢も再び、だ。」
『・・・。』
「言ったろう。心の傷は眼に見えない分厄介だ。一生姫ちゃんの記憶から消える事なん
てない。ウィンが死んでも、続くんだ。姫ちゃんには現在進行形なんだよ。」
『泣いて・・・いるのか・・・。』
「この間、わんわん泣いた。それからは時々メソメソしてる。」
『そう・・・か・・・。すまない・・・。』
「ふんっ。で、どうする?」
『どう、とは。』
「こっちへ来る気、あるのか?」
『っ・・・。』
「自信がないなら来るな。迷惑だ。でも・・・逢いたいだろ。お前。」
『逢っても・・・いいのか・・・。』
「ダメだと言って欲しいのか。」
『いや・・・。』
「ハッキリしろ。」
『逢いたい・・・。当り前だろう。死ぬほど心配した。自分が殺された方がマシだった。
この一年半。ずっと、鳴らない電話に祈ってた。せめて、せめて声だけでも、と。』
「だったら、来い。そして、マジで殺されてやれ。」
某ブランドの箱や袋が白手袋をしたホテルマンの手でズラリと目の前に並べられ、
三人のメイドによってクローゼットに片付けられていく。
私は、相変わらずホテルのパジャマとガウンのまま、ソファで寛ぐスティーブの陰に
隠れるよう座り、眼を点にしながらその様子を窺っている。
うぉーくいんくろーぜっと、という大きな部屋があって、そこが洋服とかの部屋らしい。
そういえば、ウィンと暮らしていたマンションにもあったような気がしないでもない。
けど、私は使った事がないのでよく解らない。
正直、教会で間借りしていた部屋より洋服達の部屋の方が広い・・・。
一体、どれだけ運んで来たんだろう。
まあ、スティーブはお洒落だから量も半端じゃないけど。
何だか、目の保養を通り越して目の毒っぽい。
スティーブの隣でソファに埋もれながら、こっそりメイドさん達の仕事っぷりを堪能
した。本当に、プロフェッショナルだ。まるで無駄な動きがない。動作が流れるように
綺麗で、淡々と仕事を進めてゆく。
仕事の出来る女。そんな言葉を思い出した。
きっと彼女達の為にある言葉に違いない。
「スティーブ・・・凄い量だね。」
「何言ってるの? 姫ちゃんの着替えだよ?」
「え・・・?」
そういえば、病院から直接ここに来た私の着替えなど何もなかった。
って・・・。
「文子に言って買い揃えてもらったんだ。趣味良いからね、彼女。」
「文子さんが?」
「そう。椿がこっちに来てるから、頼んだ。」
「椿さん、こっちに来てるの?」
「移動に困るからね。」
「そっか。」
椿さんは運転手で、文子さんは花屋の店長さん。
二人は双子の兄と妹で、実は大財閥の御曹司とご令嬢。
しかし・・・この二人。性格が飛んでいて、兄の椿彰さんは高校一年で中退して勝手
に海外へ旅に出たらしくって、ホームレス経験まであると言っていた。
更に妹の文子さんは大学一年の時に駆け落ち結婚をしたという。
ちなみに、今の旦那様がその駆け落ち相手だとか。
何だか凄い人たちです。
それが幸いしたのか、やっぱり飛んだ性格をしているスティーブととても気が合って、
兄弟みたいな関係だ。椿兄妹はディアンさんとも仲が良くて、ウィンにも可愛がられ
ていた。
そっか・・・椿さん、来てるんだ。文子さん、元気かな。
二人は私より十歳年上で、都会(まち)にいた頃凄くお世話になったんだ。
特に文子さんは、とっても気の付く人だったから・・・。
そんな事をぼんやり考えてたら、仕事を終えたメイドさん達が優雅に一礼して部屋
を後にした。
それにしても、慣れって怖い。
自分の着替えがない事すら気にならないなんて・・・。
「何処か、お出かけするの?」
「うん? 別に予定はないけど、着替えは必要でしょ? 何処か行きたいトコある?」
「ううん。ない。」
っていうか、ここ二日間、私はサロン漬けで疲れていた。
ヘア、ネイル、エステ。すべてホテル内にあって、私は専用エレベーターで移動出来
る為、パジャマの上からガウンやストールを羽織って生活してた。
あ、下着・・・。
やっぱり文子さんが用意してくれたのかな。
「ス、スティーブ。クローゼット、見てきていい?」
「勿論。下着のサイズも確認して来てね。」
うっ・・・私が気にしてる事を。
クスクス笑っているスティーブをソファに残して、広ーいクローゼットへ。
凄くいい香りがする。
でも。
壁の一面が鏡張りだ・・・。
ちょっとこの部屋で着替えるのは抵抗あるかも。
「姫ちゃん。」
ボーっと部屋の中を見回してたら、突然抱き締められた。
「え・・・っ。」
スティーブ?
「三日ぶり、かな。早く、慣れなくちゃね?」
何を・・・なんて聞くまでもなかった・・・。
私・・・。
「ダメ・・・ダメ・・・こんな・・・トコで・・・っ。」
「大丈夫。床が大理石だから掃除し易いよ?」
「そ・・・そんなっ。」
「早く、コッチに慣れてね。」
「ひっ・・・あっ。か・・・かが・・・み。やぁっ。」
「じゃ・・・眼を閉じていて。ね?」
あんっ。
ひ、あぁんっ。
ダメ・・・後ろ・・・ダメなのにっ。
私・・・ヘンになる。
「スティーブっ。あっ、あっ、やぁっ・・・。」
「姫ちゃん。慣れて。そして、早く自分から欲しがって。ね?」
スティーブっ。
私・・・わた・・・し・・・。
「姫ちゃん。気持ちいい?」
なんで?
どうして?
「わた・・・し・・・っ。」
「なんだって?」
祖国からの第一報は、文子が帰った日の深夜だった。
ウィンの義理の母だった女が事故死したという。
アマリア。
この一年、執拗に姫の事を嗅ぎ回っていた女だ。
最近になってウィンの遺体を解剖しろと言って来た。
勿論、そんな事をするつもりはない。
きっぱりと断ったが、今度は裁判所に訴えを起こした。
ウィンの死に不審な点がある。
なぜ末期ガンだった彼が日本に滞在していたのか。
なぜ、血の繋がりもない日本の女に遺産相続をするのか。
絶対におかしい。
それが向こうの言い分だった。
バカらしい。
だが、ウィンが日本で亡くなっている事もあり、少々厄介な事になっていた。
電話の向こうから、祖国にある邸の留守を預かる執事のロバートの声が淡々と事実
だけを語る。
「それで? 即死?」
交通事故だったらしい。
愛人の運転で裁判所に向かう途中、玉突き事故に巻き込まれたのだという。
「なぜ裁判所へ?」
『裁判所から呼び出されたようです。もう少し詳しい話を聞きたいと。』
「詳しい話?」
『はい。葬儀もなく、あまりにも迅速にご遺体を埋葬した事が判事に不信感を持たせた
ようです。こちらからは旦那様が三年前に書かれた遺言書を証拠品として既に提出し
てあります。葬儀をしない事もご本人の希望であったと。』
「そうか。」
『璃羽様の件に関しましても、旦那様が以前お書きになられた遺言書にも相続人と
して名を連ねておられた事実がございますので、何も問題はなかったと。』
「当然だ。」
ウィンは三年毎に遺言書を書き直していたが、私達が養子になった時には既に姫の
名が遺言書には存在していたのだ。
大体、アマリアはウィンの遺産相続について口を挟める立場の女ではない。
今は亡きウィンの父、故ロッド氏の後妻で結婚から三年で浮気がバレて離婚された。
そんな女が何を今更。
『ただ・・・。』
「・・・なんだ。」
『婦人に裁判所からの呼び出しがある前に、レオ氏が出廷しております。』
「・・・なんだって? レオは中東に行ってる筈だが。」
『一週間ほど前に一度帰国されたようです。』
「誰の指示だ?」
『まだ、指示があったかどうかは解りません。出廷した翌日には出国しておりますの
で。それと、これは不確定な情報ですが、出国する直前、婦人の愛人とされる男性
とお会いになっているようです。』
「・・・レオが、か?」
『はい。』
どういう事だ・・・。
レオが戻った途端、あの女が死んだというのか。
あの女に余計な入れ知恵をしていたらしい愛人と一緒に?
それより、なぜレオが帰国し、出廷してるんだ。
私は何も聞いていない。
「解った・・・。スティーブから何か連絡は?」
『ございません。』
「他に何か解ったら連絡を。」
『承知しました。』
一体、どうなっている。
姫の遺産相続に関しては、私が一任されている。
それは、スティーブも承知の事だ。
では、なぜ。
なぜ、レオが動く?
どうしてレオが出廷した情報が一週間も私の耳に入らない?
「スティーブ・・・。何を考えているんだ。」
だるい躰を起こす事が出来なくて視線だけを向けると、サングラスを外すスティーブ
がいた。
何処かに出かけるのだろうか。
真っ白いミンクのコートが目に眩しい。
一瞬、何処のマフィアさんですか・・・と思ってしまった。
「目が覚めた? 大丈夫?」
大きな手が、優しく私の頬を撫でる。
私は、死んだように眠っていたらしい。
大丈夫って・・・大丈夫な訳、ない。
うつ伏せたまま動けないのがその証拠。
脚腰立たなくなるくらい私を抱いたのは誰?
視線で抗議すると、やわらかな苦笑が降って来た。
深い接吻けと一緒に。
「何処に行くの?」
やっとの事で囁いた。
叫び過ぎて喉が痛い。
声が出ない。
躰を起こそうとして、失敗。
スティーブはケロリとしてるのに。
体力の差は歴然だった。
「帰って来たんだよ。」
「?」
「二時間ほど、出掛けてたんだ。」
仰向けにしてもらって、首を傾げたら、ふわっ、と。
ミンクのコートに包まれた。
襟と袖口にチンチラ。
シェアードミンク(短く毛がカットされたミンク)の独特な光沢が綺麗。
でも・・・。
この超ロング丈は。
やっぱりマフィアさんに見える・・・。
「今、変な事考えたでしょ・・・。」
「ちょっと・・・。」
だって。
昔、テレビで観たイタリア映画に出て来るようなスタイルなんだもの。
日本人じゃ、着こなすのはまず無理だよ。
やわやわと素肌を撫でる感触にうっとりしてたら、大変な事に気が付いた。
私の躰、汚れたままだ。
「ス、スティーブ。コート、汚れちゃう。」
慌てて腕の中から逃げようとしたら、きゅっ、て私を抱き締める腕に力が入る。
「大丈夫。覚えてないの? ちゃんとお風呂に入れたよ?」
いつの間に。
そう言えば・・・この部屋。
きょろきょろと室内を見回せば、違う。
この寝室。朝眠っていた部屋と違う。
「・・・ここ。」
「ああ、ベッドメイクの為に寝室を変えたんだ。もう終わってる。」
「・・・。」
ス・・・スティーブ。
ベッドメイクって・・・あのベッドの上も・・・。
私、きっと茹でタコだ。
でも、スティーブは余裕の笑み。
「メイドにやってもらった。大丈夫。ここのメイドは訓練が行き届いてるから。」
た、確かに。
このホテルのメイドは凄いと聞いた事がある。
制服は黒のパンツスーツ。靴はヒール5センチ。エプロンは腰から下のハーフタイプで
ストレート。髪はピシッと纏め上げ、両手には真っ白い手袋。
更に、家具調度品から寝具まで、この部屋に置かれているブランド品のすべての知識
を持っている。
その上、最低でも三か国語を習得済み。PCの扱いからクリーニングに至るまで、完璧。
間違ってもヒラヒラのふわふわメイドではありません。
「お腹空いたでしょ? 今、何か作るね。」
「・・・うん。」
「出来るまで寝てていいよ。」
「うん。」
コートを脱ぐ後姿。
やっぱり・・・うーん。マフィアさんだ。
「あれ?」
ふと、左手に違和感。
見ると、中指に指輪。
「え・・・。」
キラキラ。キラキラ。
プラチナの台に埋め込まれた蒼いダイヤの輝き。
後で、お守り、と言われた。
捨てられた仔犬。
否。
汚い段ボール箱に捨てられた仔猫、かな。
他の仔猫は全部拾われてゆくのに、ポツンと残されて、雨が降っても箱から出られ
なくて、ふるふる震えてる仔猫。
やっと抱き上げてくれる手が現れても、戸惑うだけで甘え方が解らない。
そんな感じ。
ぐっすりと眠っている姫ちゃんをバスルームに運んで、ゆっくり堪能した。
クセになる躰をしている。
男泣かせだ。
ウィンやディアンが夢中になった気持ちが解る。
自覚はないようだが・・・。
早くサロンで手入れしてやらないと。
髪も、肌も、爪も。
一年半の垢をしっかり落とさなくちゃ。
しばらくして、携帯が鳴って、待っていた情報が手に入る。
姫ちゃんの傍では出来ない相談。
ぐっすり眠っていたので外出する事にした。
椿の運転するオフ・ホワイトのリムジンには既に飯田の姿がある。
受け取ったのは数枚の書類。
隅々まで確認して、大きく溜め息を吐いた。
遺産相続の件で横やりを入れて来た連中がいるのだ。
ウィンの遺言により姫ちゃんに譲られる事となった遺産の一部。
それに噛み付いて来たのはウィンの父親の別れた妻。
バカらしい。
浮気をして離婚された身で。
だが、嫌な部分を突いて来たので調べさせていた。
「・・・ツメが甘いな・・・ディアン。」
こんなんじゃ姫ちゃんを護れない。
「どうします?」
「握りつぶせ。徹底的に、だ。手段は選ぶな。」
「解りました。」
飯田との会話はそれだけ。
何か聞きたそうにしているので、知りたがっている事に話題を変えた。
勿論、飯田が知りたがっているのは姫ちゃんの事だ。
もう暫く様子を見る。
精神的な動揺が一番姫ちゃんには堪えるだろうから。
飯田は納得している。
再会した姫ちゃんが想像していたより健康そうだったからだ。
オバアチャンの方は未だ動かせず。
ホテルでの滞在期間は長くなりそうだった。
高級リゾートを売り文句にしている街中をドライブして、途中、某ホテルでのイベント
にぶつかった。
日本ではそこそこ名の通った高級なホテルだ。
季節の変わり目で人の集まらない時期に大きなイベントを開催したらしい。
『世界の宝石とその魅力』
そんな煽り文句に立ち寄ってみたら驚いた。
昵懇にしているイタリア・ブランドが出店していたのだ。
目玉の展示は三億のダイヤ。
つまらん。
だが、ひとつだけオレの目を惹いた指輪があった。
蒼いダイヤの指輪。
細身で華奢でシンプル。
立て爪じゃなくて、埋め込みで、大きさも手頃。
姫ちゃんに似合うと直感した。
「本店から取り寄せては如何です?」
そんな安物を、と飯田の眼が言っていた。
だが。
「お守りにするんだ。価格も手頃な物で良い。中指用だから。」
安くても良いんだよ。
姫ちゃんに似合って、姫ちゃんが気に入ってくれたら。
飯田に向かって悪戯なウィンクひとつ。
やれやれと溜め息を吐く飯田の目の前で三百六十万円の衝動買い。
早く帰ろう。
姫ちゃんが目覚める前に。