2007.12。公開開始。
このブログは み羽き しろ の執筆活動の場となっております。
なお、ブログ中の掲載物につきましては「無断転載・無断使用を禁止」させていただきます。
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幽かな振動もなく最上階に着いたエレベーターは、クンッ、と乾いた音を立てて止まり、そのドアは何事も起こらないような顔で左右に開いた。が、そこにもまたドアがある。警備上の問題なのだとは思うが、あまりにも神経質過ぎると海斗は思う。
しかし。中ドアがやはり何事もなく左右に開くと、海斗はあんぐりと口を開け、どっと疲れたように遠野の背に手の平を押しあて寄り掛かった。
門…だ。
しかも、高い天井に限りなく近い、聳え立つ門。
その上。
「に…庭…。」
確かに庭だ。
門の内側。決して華美ではないが可愛らしい庭が存在している。
咲いているのは白いバラ。蒼いバラ。
天井から優しく降り注ぐ光は、今流行りの青色発光ダイオード…。
いや。そんな事はどうでもいい。
さっきから海斗が気になるのはそんなものではない。
この空間の、意外な黒さ、だ。
名義は椿らしいが、ここに暮らしているのは18歳を長男とする16歳と14歳の子供たちだ。しかも、その内の一人は保育園児と言ってもいい。
なのに…。
庭の色を除けば、全てが黒い。
暗いのではなく、黒い、のだ。
「お疲れ様です。」
門の内側にいた直立不動の男・伊達が遠野と海斗に深く頭を下げた。
と、同時に門が開く。コンピュータ制御のこの門は、邸内からしか開けられないのだ。
遠野と海斗が二人の護衛と共に中に入ると、背後で音もなく門が閉まる。これだけ大きな門が無音で動くと、少し不気味だ。
そのまま遠野の一歩後ろを歩きながら海斗が奥に視線を向けると、黒い壁に黒い重厚な扉があった。そこから少し離れた場所に、やはり黒くて重々しいドアがある。このドアの奥は事務所になっており、常時4、5人が詰めている。更に三兄弟の居住空間に4人。少数精鋭で纏められた警護は厳重だ。人数ではない。超高層ビルの最上階とも言えるこの場所に、本来ならばこれだけの警備は必要ないのだ。
だが、椿は三兄弟の為に、否、彼の愛人の為にこれだけの警備態勢をとっている。
それだけの価値がある、という事だろう。
「皆さんは?」
「つつがなく過ごしておられました。」
「秋典さんは?」
「今日はたっぷりとお昼寝されたので、ご機嫌はよろしいようで。」
「そうか。」
「待っておられましたよ。」
「ん?」
「今日はお客様が来ると鷹久さんが仰ったものだから、秋典さん、首を長くしてお待ちでした。」
「そうか。遅くなって悪い事をしたな。ああ、伊達。海斗だ。」
すべての生活が、秋典という少年を中心に動いている。
遠野と伊達の会話からもそれが感じ取れる。
遠野に名を呼ばれて海斗がペコリと頭を下げると、伊達は穏やかに笑った。とても極道とは思えない。ごく普通のサラリーマンのようだ。身長は海斗より少し高いくらいだから、多分180センチ前後だろう。190センチある遠野と比べると小柄に見えるが、上質なスーツの上からでも鍛えられているのがよく解る。
「伊達悠輔です。」
「東城海斗です。」
「後ほどキーを作る為の指紋をとらせて頂きますので。それと暗証番号を考えておいてください。」
「え…?」
「海斗さんは鷹久さんたちと同居されると聞いています。鍵がないと不便でしょうから。ここはセキュリティの関係でダブルロックシステムを採用しています。その為に指紋が必要なんです。後でゆっくり説明しますね。」
「あ、ありがとうございます。」
低くよく通る伊達の声を聞きながら、海斗はもう逃げられないのだと腹を括る。
尤も、遠野に呼ばれた時点で海斗には逃げ道などなかったのだが。
「では、どうぞ。」
伊達の声と共に重厚な扉がゆっくり開く。
「え…。」
海斗の視線の先に広がった扉の向こう側もまた、真っ黒い空間だった。
しかし。中ドアがやはり何事もなく左右に開くと、海斗はあんぐりと口を開け、どっと疲れたように遠野の背に手の平を押しあて寄り掛かった。
門…だ。
しかも、高い天井に限りなく近い、聳え立つ門。
その上。
「に…庭…。」
確かに庭だ。
門の内側。決して華美ではないが可愛らしい庭が存在している。
咲いているのは白いバラ。蒼いバラ。
天井から優しく降り注ぐ光は、今流行りの青色発光ダイオード…。
いや。そんな事はどうでもいい。
さっきから海斗が気になるのはそんなものではない。
この空間の、意外な黒さ、だ。
名義は椿らしいが、ここに暮らしているのは18歳を長男とする16歳と14歳の子供たちだ。しかも、その内の一人は保育園児と言ってもいい。
なのに…。
庭の色を除けば、全てが黒い。
暗いのではなく、黒い、のだ。
「お疲れ様です。」
門の内側にいた直立不動の男・伊達が遠野と海斗に深く頭を下げた。
と、同時に門が開く。コンピュータ制御のこの門は、邸内からしか開けられないのだ。
遠野と海斗が二人の護衛と共に中に入ると、背後で音もなく門が閉まる。これだけ大きな門が無音で動くと、少し不気味だ。
そのまま遠野の一歩後ろを歩きながら海斗が奥に視線を向けると、黒い壁に黒い重厚な扉があった。そこから少し離れた場所に、やはり黒くて重々しいドアがある。このドアの奥は事務所になっており、常時4、5人が詰めている。更に三兄弟の居住空間に4人。少数精鋭で纏められた警護は厳重だ。人数ではない。超高層ビルの最上階とも言えるこの場所に、本来ならばこれだけの警備は必要ないのだ。
だが、椿は三兄弟の為に、否、彼の愛人の為にこれだけの警備態勢をとっている。
それだけの価値がある、という事だろう。
「皆さんは?」
「つつがなく過ごしておられました。」
「秋典さんは?」
「今日はたっぷりとお昼寝されたので、ご機嫌はよろしいようで。」
「そうか。」
「待っておられましたよ。」
「ん?」
「今日はお客様が来ると鷹久さんが仰ったものだから、秋典さん、首を長くしてお待ちでした。」
「そうか。遅くなって悪い事をしたな。ああ、伊達。海斗だ。」
すべての生活が、秋典という少年を中心に動いている。
遠野と伊達の会話からもそれが感じ取れる。
遠野に名を呼ばれて海斗がペコリと頭を下げると、伊達は穏やかに笑った。とても極道とは思えない。ごく普通のサラリーマンのようだ。身長は海斗より少し高いくらいだから、多分180センチ前後だろう。190センチある遠野と比べると小柄に見えるが、上質なスーツの上からでも鍛えられているのがよく解る。
「伊達悠輔です。」
「東城海斗です。」
「後ほどキーを作る為の指紋をとらせて頂きますので。それと暗証番号を考えておいてください。」
「え…?」
「海斗さんは鷹久さんたちと同居されると聞いています。鍵がないと不便でしょうから。ここはセキュリティの関係でダブルロックシステムを採用しています。その為に指紋が必要なんです。後でゆっくり説明しますね。」
「あ、ありがとうございます。」
低くよく通る伊達の声を聞きながら、海斗はもう逃げられないのだと腹を括る。
尤も、遠野に呼ばれた時点で海斗には逃げ道などなかったのだが。
「では、どうぞ。」
伊達の声と共に重厚な扉がゆっくり開く。
「え…。」
海斗の視線の先に広がった扉の向こう側もまた、真っ黒い空間だった。
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複雑な表情を浮かべた遠野と海斗を乗せたエレベーターは、護衛である二人の男と共に静かに最上階へと向かっていた。
だが。正直、海斗は組事務所に帰りたい。
車内で最後に聞いた遠野の話があまりに衝撃的過ぎたのだ。
「サヴァン症候群という病気を知っているか?」
「サヴァン…確か、自閉症の患者さんの中に時折存在する…。」
「そうだ。別名『天才病』とも言う。ひとつの事に突出した才能を発揮する脳の病気だ。」
(注:サヴァン症候群は病気ではありません。病気というのはあくまで遠野個人の主観です。また、全てのサヴァン症候群の方が自閉症とは限りません。)
例えば分厚い電話帳に書かれている全てを丸ごと記憶してしまったり。
一度見ただけの風景や建築物を正確に描いてみたり。
「三兄弟の場合は自閉症ではない。だが、サヴァン症候群の兆候がみられる。恐ろしいほど記憶力が良いんだ。」
「そんな事って…あるんですか?」
「解らん。サヴァンの場合はひとつの事に突出するが、三兄弟は記憶力という点で突出している。見たもの、聞いたものを正確に、ほぼ完ぺきに覚えてしまうようだ。ある時…。」
まだ、三兄弟と出逢ったばかりの頃。三人の前で椿がアラブ系の友人と電話で話をしていた事があった。その会話を、末っ子の秋典が丸ごと記憶してしまったらしく、数日後、椿の前でその時のアラビア語を見事に発音して意味を聞いて来たのだ。
その場にいた誰もが絶句した。
しかも。
「三人が三人共見事に発音してくれた。それで、研究者を呼んで簡単なテスト検査をしてみたんだ。」
「それでサヴァン症候群だと?」
「正確には違うだろう。ただ、それに近いものらしい、としか解らない。」
凄まじい記憶力を持つ兄弟…。
でも、それだと。
「待ってください。でも、末っ子は…確か精神的には保育園児だと…。」
「そうだ。しかし海斗。記憶と精神は近くて遠い。同じではないよ。秋典さんは、やる事なす事保育園児だが記憶力が良い。ただそれだけの事だ。」
「それだけって…。これから三人の天才児を相手に、衣食住(多分そうなるだろう)生活を共にする俺の身にもなってください。」
「お前なら大丈夫だ。」
「何がです。」
「三兄弟はとても性格が良い。誰からも好かれるタイプだ。お前もきっと気に入るし、彼らもお前を気に入るだろう。」
「そんな安易な事を…。」
「ふふ。それで、だ。」
「…。」
「最後の注意だが。」
三人はとても特殊な環境で生活している。
それに慣れてくれ。
「特殊…。」
「行けば解る。」
帰りたい…。
海斗は切実に思った。
三人の天才児。
しかも、その長男は絶世の美貌を誇り、あの椿の愛人だという。
「俺に…どうしろって言うんですか…。」
エレベーターに乗り込む際、ぼそりと呟いた海斗の声を、遠野はあっさり無視して最上階へ向かった。
だが。正直、海斗は組事務所に帰りたい。
車内で最後に聞いた遠野の話があまりに衝撃的過ぎたのだ。
「サヴァン症候群という病気を知っているか?」
「サヴァン…確か、自閉症の患者さんの中に時折存在する…。」
「そうだ。別名『天才病』とも言う。ひとつの事に突出した才能を発揮する脳の病気だ。」
(注:サヴァン症候群は病気ではありません。病気というのはあくまで遠野個人の主観です。また、全てのサヴァン症候群の方が自閉症とは限りません。)
例えば分厚い電話帳に書かれている全てを丸ごと記憶してしまったり。
一度見ただけの風景や建築物を正確に描いてみたり。
「三兄弟の場合は自閉症ではない。だが、サヴァン症候群の兆候がみられる。恐ろしいほど記憶力が良いんだ。」
「そんな事って…あるんですか?」
「解らん。サヴァンの場合はひとつの事に突出するが、三兄弟は記憶力という点で突出している。見たもの、聞いたものを正確に、ほぼ完ぺきに覚えてしまうようだ。ある時…。」
まだ、三兄弟と出逢ったばかりの頃。三人の前で椿がアラブ系の友人と電話で話をしていた事があった。その会話を、末っ子の秋典が丸ごと記憶してしまったらしく、数日後、椿の前でその時のアラビア語を見事に発音して意味を聞いて来たのだ。
その場にいた誰もが絶句した。
しかも。
「三人が三人共見事に発音してくれた。それで、研究者を呼んで簡単なテスト検査をしてみたんだ。」
「それでサヴァン症候群だと?」
「正確には違うだろう。ただ、それに近いものらしい、としか解らない。」
凄まじい記憶力を持つ兄弟…。
でも、それだと。
「待ってください。でも、末っ子は…確か精神的には保育園児だと…。」
「そうだ。しかし海斗。記憶と精神は近くて遠い。同じではないよ。秋典さんは、やる事なす事保育園児だが記憶力が良い。ただそれだけの事だ。」
「それだけって…。これから三人の天才児を相手に、衣食住(多分そうなるだろう)生活を共にする俺の身にもなってください。」
「お前なら大丈夫だ。」
「何がです。」
「三兄弟はとても性格が良い。誰からも好かれるタイプだ。お前もきっと気に入るし、彼らもお前を気に入るだろう。」
「そんな安易な事を…。」
「ふふ。それで、だ。」
「…。」
「最後の注意だが。」
三人はとても特殊な環境で生活している。
それに慣れてくれ。
「特殊…。」
「行けば解る。」
帰りたい…。
海斗は切実に思った。
三人の天才児。
しかも、その長男は絶世の美貌を誇り、あの椿の愛人だという。
「俺に…どうしろって言うんですか…。」
エレベーターに乗り込む際、ぼそりと呟いた海斗の声を、遠野はあっさり無視して最上階へ向かった。
BLサイト作らなくちゃダメみたい(苦笑)
蒼楽とは別なサイトにしますので、ちょっと時間が掛かりますが。
BL作品は別にした方がいいですよね。
頑張ります。
蒼楽とは別なサイトにしますので、ちょっと時間が掛かりますが。
BL作品は別にした方がいいですよね。
頑張ります。
東城海斗(トウジョウ カイト)が兄とも慕う遠野紫朗(トウノ シロウ)と共にそのマンションを訪れたのは、まだ寒さの残る二月の初めだった。
海斗は調理師免許と栄養士の資格を持ち、遠野が五年前から帝都に構えている組事務所で若い衆の世話を一手に引き受けていたのだが、突然、その任を解かれて連れて行かれたのが界桜タワー・帝都レジデンス最上階にある椿匡雅の所有する大邸宅であった。
「注意するのは三つ。」
遠野と海斗を乗せた黒塗りのベンツが地下駐車場に入る頃、唐突に遠野が話を始めた。妙な先入観を持たせない為に、話すタイミングを計っていたのだろう。
「あ、はい。」
「長男の鷹久さん、二男の久秋さんは、14歳になる末っ子の秋典さんを中心に生活している。だから、前以って知らされるすべての予定は未定と思って時間には常に余裕をもっている事。」
「予定は未定…ですか。」
遠野の話に、海斗は幽かな違和感を感じ小首を傾げた。最初に聞いていた話は、三兄弟の食事の世話をして欲しい、という事だけだったからだ。
「そうだ。秋典さんは多くの病気を持っている為、予定通りに事は運ばないし、事情が事情だけにこちらの都合を押しつける訳にもいかないんだ。」
「病気?」
「難病だ。すぐに解ると思うが…治療法がない。現在14歳になるが、見た目は小学校一年生くらいだろう。成長がゆっくりとしている。と、同時に内蔵も未発達なんだ。体調の管理をしなくては、生死に拘る事態になりかねん。だが、椿さんをして『極上天使』と呼ぶほど愛くるしい顔立ちをしている。」
「極上天使…ですか。」
あの恐ろしい男が、どんな顔をしてそう呼んだのだろう。
口元を引き攣らせた海斗の様子に、遠野は苦笑する。
「ああ。まぁ、この三兄弟は…なんというか。」
会えばすべてが解るのだが。
「次に。秋典さんの前では、絶対大声を上げないでくれ。怒鳴ったり、ヒスを起こしたり。特に荒っぽい言葉遣いは絶対にダメだ。」
「…。」
極道相手に無茶な事を…。思わず天を仰いだ海斗だったが、考えてみれば海斗自身は極道ではない。気性もおおらかで、その穏やかな言動は子供には好かれ易いだろう。だから遠野は海斗を選んだのだ。
遠野の言葉の端々に、秋典という子供に対する繊細な心遣いが見て取れる。
「秋典さんは幼い頃、暴力事件に巻き込まれていて…まぁ、すぐに解る事だが…精神状態が少し未発達なんだ。」
「え…。」
「保育園児のまま、精神の成長が止まっている。だから言動が見た目の容姿より遥かに幼い。」
「つまり…14歳でありながら見た目は6、7歳で。その上、精神状態が3、4歳という事ですか?」
「そうだ。」
「それは…。」
何が食事の世話だ。これでは保父の真似事をさせられるようなものである。普通に世話をするにもかなりの覚悟がいりそうだ。
隣に座った遠野の横顔を見詰めたまま、海斗は溜息を噛み殺す。しかし、遠野の話はそれだけではなかった。
「実は、それだけじゃない。」
遠野の言葉に、海斗はガックリと項垂れる。これ以上何があるというのか。
「まだ、何かあるんですか?」
もう、矢でも鉄砲でも持って来い、だ。海斗の心境を知ってか知らずか、遠野は正面を見つめたまま苦笑する。
すでに二人が乗った車が駐車されて随分と経っていた。
「ああ。最後の注意に関連しているんだが…。」
「何です?」
「この三兄弟は…揃いも揃って天才児なんだ…。」
「はぁ?」
海斗の素っ頓狂な声に、遠野は苦く苦く笑った。
海斗は調理師免許と栄養士の資格を持ち、遠野が五年前から帝都に構えている組事務所で若い衆の世話を一手に引き受けていたのだが、突然、その任を解かれて連れて行かれたのが界桜タワー・帝都レジデンス最上階にある椿匡雅の所有する大邸宅であった。
「注意するのは三つ。」
遠野と海斗を乗せた黒塗りのベンツが地下駐車場に入る頃、唐突に遠野が話を始めた。妙な先入観を持たせない為に、話すタイミングを計っていたのだろう。
「あ、はい。」
「長男の鷹久さん、二男の久秋さんは、14歳になる末っ子の秋典さんを中心に生活している。だから、前以って知らされるすべての予定は未定と思って時間には常に余裕をもっている事。」
「予定は未定…ですか。」
遠野の話に、海斗は幽かな違和感を感じ小首を傾げた。最初に聞いていた話は、三兄弟の食事の世話をして欲しい、という事だけだったからだ。
「そうだ。秋典さんは多くの病気を持っている為、予定通りに事は運ばないし、事情が事情だけにこちらの都合を押しつける訳にもいかないんだ。」
「病気?」
「難病だ。すぐに解ると思うが…治療法がない。現在14歳になるが、見た目は小学校一年生くらいだろう。成長がゆっくりとしている。と、同時に内蔵も未発達なんだ。体調の管理をしなくては、生死に拘る事態になりかねん。だが、椿さんをして『極上天使』と呼ぶほど愛くるしい顔立ちをしている。」
「極上天使…ですか。」
あの恐ろしい男が、どんな顔をしてそう呼んだのだろう。
口元を引き攣らせた海斗の様子に、遠野は苦笑する。
「ああ。まぁ、この三兄弟は…なんというか。」
会えばすべてが解るのだが。
「次に。秋典さんの前では、絶対大声を上げないでくれ。怒鳴ったり、ヒスを起こしたり。特に荒っぽい言葉遣いは絶対にダメだ。」
「…。」
極道相手に無茶な事を…。思わず天を仰いだ海斗だったが、考えてみれば海斗自身は極道ではない。気性もおおらかで、その穏やかな言動は子供には好かれ易いだろう。だから遠野は海斗を選んだのだ。
遠野の言葉の端々に、秋典という子供に対する繊細な心遣いが見て取れる。
「秋典さんは幼い頃、暴力事件に巻き込まれていて…まぁ、すぐに解る事だが…精神状態が少し未発達なんだ。」
「え…。」
「保育園児のまま、精神の成長が止まっている。だから言動が見た目の容姿より遥かに幼い。」
「つまり…14歳でありながら見た目は6、7歳で。その上、精神状態が3、4歳という事ですか?」
「そうだ。」
「それは…。」
何が食事の世話だ。これでは保父の真似事をさせられるようなものである。普通に世話をするにもかなりの覚悟がいりそうだ。
隣に座った遠野の横顔を見詰めたまま、海斗は溜息を噛み殺す。しかし、遠野の話はそれだけではなかった。
「実は、それだけじゃない。」
遠野の言葉に、海斗はガックリと項垂れる。これ以上何があるというのか。
「まだ、何かあるんですか?」
もう、矢でも鉄砲でも持って来い、だ。海斗の心境を知ってか知らずか、遠野は正面を見つめたまま苦笑する。
すでに二人が乗った車が駐車されて随分と経っていた。
「ああ。最後の注意に関連しているんだが…。」
「何です?」
「この三兄弟は…揃いも揃って天才児なんだ…。」
「はぁ?」
海斗の素っ頓狂な声に、遠野は苦く苦く笑った。
24時間眠らない街、帝都。
宝石箱をひっくり返したような煌びやかな街の中を縫うように走る高速道路。
不夜城と呼ぶには美しすぎる高層ビル群の、その一角を陣取る界桜グループ本社ビルの地下から飛び出したメルセデスは、黒塗りの護衛車を振り切る勢いで郊外へとひた走る。
メルセデス・ベンツ・SLR・マクラーレン・ロードスター。
国際A級ライセンスを持ち、車のコレクションを趣味のひとつとする翔一郎の愛車の中の一台だ。スウィング・ウィング・ドアの滑らかな動きに一目惚れして購入したものの、自ら運転するのはこの夜が初めてだ。
本当は、匡雅兄を隣に乗せるつもりだったのに…。
愛車のメタリックな輝きを夜の帳に散らばる星屑の一つに変えた翔一郎は、溜息まじりに右の助手席に視線を落とした。匡雅が乗るはずだったその場所には、今は見たくもない報告書が捨て置かれている。
----戸崎鷹久(トザキ タカヒサ)に関する身辺調査報告書----懇意にしている興信所から今朝届いたばかりの匡雅の愛人に関する報告書に、最初、翔一郎は眼を疑ったものだ。
あの匡雅兄が男を愛人として囲うなんて。何度読み返しても信じられないその報告書に、出社予定などなかった本社ビルで匡雅を捕まえたのが先ほどの事だ。
だが、普段から殺人的スケジュールで動いている匡雅をやっと捕まえたものの、彼にしては珍しく歯切れの悪い対応に、結局不快な思いをするハメになってしまった翔一郎である。
別に、匡雅が男の愛人を持ったところで翔一郎は構わない。何しろ匡雅はSEXをただの排泄行為と言い切り、要は突っ込めればそれでいいのだと男でも女でも相手にしてきた。勿論、相手はいずれも最高級ではあったが、それでも一時間20万の支払いで済ませるような関係がすべてだったのだ。
それが、愛人を『囲った』という。
しかも、SEXの相手には現金での支払い以外花一輪買い与えた事のない匡雅が、その愛人には超高層マンションの最上階フロアを丸ごと買い与えたという。本人の話では名義は匡雅になっているらしいが、そんな事実は大した事ではない。問題は匡雅が自分の居住空間に他人を住まわせた事。その上、信頼のおける部下を護衛としてつけた事。いずれもが今までの匡雅からは想像できない事なのだ。
「くそっ。」
本気だろうか。
匡雅に対して恋愛感情など持ち合わせてはいないが、それでも口惜しさが言葉となって迸る。
光と闇。
翔一郎と匡雅を知る者は皆、二人の関係をそう呼ぶ。
コインの表と裏だと。
そう呼ばれるように、生まれた時からそれぞれの道は決まっていた。
翔一郎は光の世界で君臨すべき存在で。
匡雅は闇の世界の覇者となるべき存在で。
けれど、誰よりも傍にいた二人だった。
親兄弟よりも、二人が共有していた時間は遥かに長いのだ。
それなのに。
「どうして隠すんだ…匡雅兄…。」
そんなに俺が信じられないのか?
角井や遠野は傍に置いているじゃないか?
誰より先に。
この俺に。
真っ先に紹介してくれてもいいじゃないか。
要は嫉妬なのだろう。
そんな事は解ってる。
「戸崎三兄弟…。」
魔性の男と、その弟たち。
「一体、どこで出逢ったんだ?」
宝石箱をひっくり返したような煌びやかな街の中を縫うように走る高速道路。
不夜城と呼ぶには美しすぎる高層ビル群の、その一角を陣取る界桜グループ本社ビルの地下から飛び出したメルセデスは、黒塗りの護衛車を振り切る勢いで郊外へとひた走る。
メルセデス・ベンツ・SLR・マクラーレン・ロードスター。
国際A級ライセンスを持ち、車のコレクションを趣味のひとつとする翔一郎の愛車の中の一台だ。スウィング・ウィング・ドアの滑らかな動きに一目惚れして購入したものの、自ら運転するのはこの夜が初めてだ。
本当は、匡雅兄を隣に乗せるつもりだったのに…。
愛車のメタリックな輝きを夜の帳に散らばる星屑の一つに変えた翔一郎は、溜息まじりに右の助手席に視線を落とした。匡雅が乗るはずだったその場所には、今は見たくもない報告書が捨て置かれている。
----戸崎鷹久(トザキ タカヒサ)に関する身辺調査報告書----懇意にしている興信所から今朝届いたばかりの匡雅の愛人に関する報告書に、最初、翔一郎は眼を疑ったものだ。
あの匡雅兄が男を愛人として囲うなんて。何度読み返しても信じられないその報告書に、出社予定などなかった本社ビルで匡雅を捕まえたのが先ほどの事だ。
だが、普段から殺人的スケジュールで動いている匡雅をやっと捕まえたものの、彼にしては珍しく歯切れの悪い対応に、結局不快な思いをするハメになってしまった翔一郎である。
別に、匡雅が男の愛人を持ったところで翔一郎は構わない。何しろ匡雅はSEXをただの排泄行為と言い切り、要は突っ込めればそれでいいのだと男でも女でも相手にしてきた。勿論、相手はいずれも最高級ではあったが、それでも一時間20万の支払いで済ませるような関係がすべてだったのだ。
それが、愛人を『囲った』という。
しかも、SEXの相手には現金での支払い以外花一輪買い与えた事のない匡雅が、その愛人には超高層マンションの最上階フロアを丸ごと買い与えたという。本人の話では名義は匡雅になっているらしいが、そんな事実は大した事ではない。問題は匡雅が自分の居住空間に他人を住まわせた事。その上、信頼のおける部下を護衛としてつけた事。いずれもが今までの匡雅からは想像できない事なのだ。
「くそっ。」
本気だろうか。
匡雅に対して恋愛感情など持ち合わせてはいないが、それでも口惜しさが言葉となって迸る。
光と闇。
翔一郎と匡雅を知る者は皆、二人の関係をそう呼ぶ。
コインの表と裏だと。
そう呼ばれるように、生まれた時からそれぞれの道は決まっていた。
翔一郎は光の世界で君臨すべき存在で。
匡雅は闇の世界の覇者となるべき存在で。
けれど、誰よりも傍にいた二人だった。
親兄弟よりも、二人が共有していた時間は遥かに長いのだ。
それなのに。
「どうして隠すんだ…匡雅兄…。」
そんなに俺が信じられないのか?
角井や遠野は傍に置いているじゃないか?
誰より先に。
この俺に。
真っ先に紹介してくれてもいいじゃないか。
要は嫉妬なのだろう。
そんな事は解ってる。
「戸崎三兄弟…。」
魔性の男と、その弟たち。
「一体、どこで出逢ったんだ?」